嗚呼!米国駐在員。
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2004年05月22日(土) |
怒涛の中国出張 その3 |
上海のホテルでは、日本のテレビを見ることが出来る。前回見たのは1年以上前だろうか。 NHK衛星ニュースでメジャーに行った田口の映像を初めて見た。アメリカでは残念ながら一度も見たことがない。夜からは西武とダイエーの中継をちらっと見る。西武のユニフォームが変わったんだな。知らなかった。あと、ダイエーの和田ってピッチャー、切れのある投球で素晴らしい。将来のメジャー候補だろう。でも、やっぱり日本のプロ野球はいいな。メジャーがどうのこうのといってそれはそれで素晴らしいけど、慣れ親しんだものには替えられない。 それにしても、中国といってもアジアという事でとてもとても気が楽である。アメリカの生活、知らず知らずなんだけど、やっぱり毎日の生活に気が張っていたんだな、と感じる。
ということで、記録のためにちょっとだけ足跡を。
中国5日目。 夕方まで大連のエージェントとミーティング。その後夕方に、ある人から紹介を受けた社長に連絡を取って会う。当然中国人だけども日本語がぺらぺらなので助かる。そして日本食屋で御馳走になる。大連は、その歴史的背景もさることながら、日本人の観光客、出張者、企業がかなり多い。あちこちに日本人を対象にした店が目につく。 この日本食屋で食べた天然のうにが最高。これまでにこんなうには食べたことも見たこともない。天然のカワハギのお造りも実に結構。初対面なのにすっかり御馳走になってしまったな。謝謝!
中国6日目。 朝の便で上海に向かう。そのまま、取引先にピックアップしてもらい打ち合わせ。それにしても、今回の出張、会う人会う人がみんな初対面なので、空港でピックアップしてもらうのも一苦労である。気の利いたところは、名前を書いた札を持っていてくれるのだけど、そうでない場合は相手が話し掛けてくれるのを待つしかない。もう、それこそうじゃうじゃいる中国人の中から、誰が会うべき先かを推測するのは不可能である。 ミーティングの後は会食。中国での会食はどこにいっても変わらない。円卓テーブルの個室で食事を囲む。1部屋に1人か2人の女性が給仕する。変わっているのは、顔も合わせていない相手の会社の何人かが何事もないように同席して食事をともにすることか。 そして当然、真昼間から、乾杯、乾杯である。このときの店は、部屋についている若い女性がビール瓶を手に客を1人ずつ回って、乾杯でビールを互いに飲み干す。女性は見たところ10代半ば過ぎくらいだけど、結構グイグイ飲むんだなあ。まるで会社の新入社員歓迎みたいだよな。一通りこれが終わると、別の女性がやってきて同じことを繰り返した。3人目が来たところでさすがに社長が終了を宣言。こっちはこれからホテルに向かうだけだけど、みんなあんなに飲んで仕事するんかいな、と思ってしまう。 米人とホテルで合流した後、夜は夜でまた別の人間と会食。しょぼくれたレストランで食って飲んで3人で180元。いくらなんでも間違えだろうと思って後で請求書を見ると、やっぱり計算ミスだったな。対応した若い兄ちゃんも店からしぼられるんだろうか。あはは。
中国7日目。 朝から3時間かけて取引先へ向かう。クソ田舎だけども、先方のマネジャーが実に立派な英語を話す。 昼食でまたまた円卓を囲んで乾杯乾杯。これもそろそろ飽きてきたな。それでも、アメリカのハンバーガーやらポテトやら食っているよりずっといい。 夕方から3時間かけてまたホテルへ。夜は、米人がいい所がある、というのでタクシーで向かう。新世界というエリアで、バーやらスターバックスやライブハウスやらが固まっている。観光客だか知らないけど欧米人が多い。おいおい、中国まできて何でこんな所来なくちゃいけないんだよ。奴らにとっちゃ、アメリカを思わせる環境でほっとするんだろうけど、こちとら中国のがいいんだって。と、言う訳にもいかないから黙ってついていく。 と、バケツをひっくり返したような大雨が。慌てて軒先に隠れるがびっしょり.。とにかく人が多くてたまたま空車が見つかってもすぐにとられてしまう。おおよそ40分後に見つけたタクシーに強引に乗り込む。運転手はこっちの言っている事もホテルの場所も分からず、中国語で降りてくれ、というようなことをまくしたてるが、土砂降りの中、こちらも降りるわけにはいかない。運転手にどなりながら、何とかホテルを見つけさせ一安心。チップで10元ほど渡すが、笑顔で受け取らない。あたりまえのようにチップを取るアメリカにいると、こういう対応をされると、日本人にとっては非常に好ましく思う。
明日は土曜日だと言うのに、面談3件。ほんまにご苦労なこった。それにしても上海ってのも、意外に動きずらいな.
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