2004年03月22日(月) |
全日本からセンバツへ(2) |
前年に行なわれた00年の全日本は、平野貴志(桐蔭学園ー法政大)率いる桐蔭学園中が2度目の全国制覇、準優勝が岡山クラブという成績であった。出場チームのメンバーを見ると、控え選手として増穂中クラブ(山梨)・水野隼人(甲府工業エース)、門真クレイジーボーイズ(大阪)・岩見優輝(熊本工業エース)らの名前が目に留まる。 甲府工業のレフトを守る初鹿優も増穂中の出身。00年の全日本では2年生ながらメンバー入りを果たしていた。水野と初鹿らが最上級生となった増穂中は、2年秋から3年夏の山梨県大会をすべて制覇。県内3冠を達成している。山梨代表として臨んだ夏の関東大会は、松戸六中(千葉)に敗退し、全中の夢は絶たれた。なお、当時の増穂中には昨夏東海大甲府で甲子園に出場した清水満もいた。3人も、しかもレギュラーとして甲子園に出場する選手が集まっていれば、県内三冠も頷ける。
初戦で東北高校(宮城)と対戦することが決まり、俄然注目を集めている熊本工業の岩見優輝。前評判では「九州ナンバー1左腕」と言われているが、見たことがないので何とも言えない…。中学時代に所属していた門真クレイジーボーイズは関西の強豪軟式クラブ。大阪は部活動よりもクラブチームが盛んのようで、遊学館で活躍した小嶋も大阪の軟式クラブで野球をやっていた。 門真クレイジーボーイズで岩見とバッテリーを組んでいたのが馬渡清貴。彼は明徳義塾の控え捕手として登録されている。しかし、さすが大阪…。軟式クラブの選手も四国や九州に散らばるんですね…。
さて、今から2年前。02年に行なわれた第19回全日本少年軟式野球大会は優勝:上本部中野球クラブ(沖縄)、準優勝:いわき松風クラブ(福島)、ベスト4:五一中クラブ(青森)、星稜中クラブ(石川)という上位の成績であった。 上本部中のエースは当時中学2年生の與那嶺祐也。すでに130キロを超えるストレートを投げており、2年生で優勝投手に輝いた。與那嶺は昨年の全日本もエースとして出場。が、初戦で桐蔭学園中に0−1で惜敗した。それでも敗れはしたが、「超中学級」の力を披露。高校は地元の高校に進学予定のよう。甲子園のマウンドに上がる姿を今から楽しみにしたい。
第19回大会で注目を集めた選手は、この與那嶺のほかにふたりいた。ひとりは星稜中の鈴木将光。その後、遊学館に進み、1年からレギュラーを獲得した。 もうひとりは三原中クラブ(兵庫)の片山博視。今回のセンバツで192センチの大型左腕として脚光を浴びている報徳学園の新2年生・片山である。片山は三原中クラブの3番エースで全日本に臨み、ベスト8進出。準々決勝で鈴木のいる星稜中に0−0からの特別延長で敗退した。 片山の全日本の成績を振り返ると、 初戦 ○2−1 横須賀スターズクラブ(神奈川) 準々 ●0−0 星稜中クラブ(石川) (特延1−3) 特別延長戦での投球成績を除くと、14イニングを投げ、わずかに1被安打という驚くべきピッチングであった(横須賀スターズ戦はノーヒット1ラン)。センバツでどんな全国デビューを果たすのか、注目したい。 また、第19回大会では作新学院の控え投手・寺田哲也も田原中クラブ(栃木)の3番ライトとして活躍していた。
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センバツに出場する軟式出身選手を見てみると、鵡川のエース宮田隼、秋田商のエース佐藤剛士らの名が上がる。 宮田は中央長沼中(北海道)で2年時からエースを務め、全道準優勝。3年時も全道大会に出場した。全道大会の投手記録を見ると、宮田の名前が目立つ。「1試合最多奪三振」では7イニングで13個、延長9イニングで14個とふたつの三振記録を持つ。しかも、14個の三振は毎回奪三振のおまけつき。当時、中学・高校野球関係者では「宮田隼」の名を知らぬ人はいない、というほどの存在だった。
秋田商の佐藤は上新城中(秋田)のエースとして夏の県大会準優勝。そのほか、一関一の木村正太、土浦湖北の須田幸太、社の大前佑輔ら好投手と評判高いエースも軟式野球部の出身。全国に名を轟かす大活躍を期待したい。
というわけで、明日から第76回センバツが開幕です。
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