みのるの「野球日記」
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2002年12月17日(火) 来季へ(2) 横浜国大・野原慎太郎投手【2】

 野原のピッチングを見るのは、2年半ぶりだった。高校3年の春季県大会。桐光学園との決勝以来である。相模時代はサイドスローから、変化球主体で攻める「技巧派」という言葉がピッタリと合う、ただコントロールには課題がありそうな印象を受けた。

 野原は高校1年の秋まで、オーバースローで投げていた。だが、秋が深まる頃、サイドスローへのフォーム変更を決めた。監督に言われたわけではない。自ら決断した。
「隣で、筑川と山本がビュンビュンと速い球投げていたんですよ。これは敵わないと思いました」
 
 フォームを変えても、最後の最後まで筑川と山本を追い抜くことはできなかった。

 
 野原は国学院大の先頭打者・広兼(3年・高陽東)に対し、カウント2−3から四球を与えた。2番・真野目(3年・学法石川)は初球をバント。野原は一塁へワンバンド送球。一瞬ヒヤリとしたが、野手がうまく捌き、1死二塁へ場面は変わった。
 
 1点差で抑えに登板。明らかに緊張の色が伺えた。

 同点のピンチで、主軸に打席が回る。
3番・松田(秋田経法大付)に対し、まずはシンカーでストライク。2球目に緩いカーブを放り、カウント2−0。カーブが決まった瞬間、「ヨシッ!」と右手で小さく拳を作った。3球目は外角へのシンカー。サード正面へのゴロに打ち取った。計算どおりのピッチングだった。
 
 勝利まで、あとひとり。
 左打者の4番池田(国学院久我山)を迎えた。ストレートとカーブで2−1と追い込んだあと、シンカーを投げ込む。低めに落ちるシンカーに、池田のバットは空を切った。野原はマウンドを降り、キャッチャーと笑顔でハイタッチをした。

 今秋、東都2部リーグ2位の国学院大を、横浜国大が2−1で破った。

 試合後、勝利の余韻に浸りながら、野原は笑顔で話した。
「自分がチームの戦力になっていることが嬉しい。最高のゲームでした」


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