2002年07月18日(木) |
慶応の野球(慶応義塾vs鎌倉学園) |
保土ヶ谷球場で行われた神奈川県大会の2回戦。第3シード慶応対ノーシードの鎌倉学園は、6−1で慶応が勝利を収めた。シード校の慶応が勝った。 一緒に観戦していた友人が「これって波乱なの?順当なの?」と訊いてきた。彼はあまり神奈川に詳しくない。私は「う〜ん、鎌学が勝つと思ったんだけどな…」とどっちつかずの返事をした。 春の大会ベスト16に入り第3シードを獲得した慶応が、春の大会ではブロック予選で敗退した鎌学に勝った。この事実だけを見れば順当。 でも…、春の大会で、鎌学は準優勝した日大藤沢と同じブロックに入るという不運があり、その日藤に敗れ、県大会に進めなかった。敗れたスコアは2−5。違うブロックに入れば、間違いなく県大会に出場しただろうし、シードを獲れる力を持っていた。 現在エースの木下(3年)は2年のときから主戦として活躍していた。一昨年の秋、昨年の春と、木下が投げ、横浜高校を2大会連続で破っている。ちなみに昨年の秋は準々決勝で平塚学園に敗れたものの、藤嶺藤沢、武相などを破り、ベスト8に進んでいる。今大会はノーシードながら優勝候補の一角に挙げられるほど、戦力は充実していた。
一方の慶応は、春ベスト16とはいえ、ブロック大会では瀬谷高校に5−9で敗戦を喫している。そして、慶応が春の4回戦で負けたのが、奇しくも鎌学と同じ、日藤だった。慶応は1−7で日藤に敗れている。
試合前のシートノック。慶応は不恰好だった。とてもじゃないが、「上手い」とは思わなかった。ユニホームの着こなしも、センスを感じなかった。でも、目を引き付けられた場面があった。内野に緩いゴロを打ち、わざとランニングスローをさせるノックメニューが組み込まれていた。選手たちは、何の苦もなく、ランニングスローをこなしていた。 慶応の上田監督はおもしろい人だなと、この場面を見ながら思った。
ご存知の方も多いと思うが、上田監督は高校野球界ではちょっとした有名人だ。誰も考え付かないような練習方法を取り入れたり、自由奔放な野球をやったり、長髪がOKだったり……。 98年から99年までアメリカのUCLAに留学し、野球ではなく、ベースボールを学んだ。「強豪校と同じことをやっても、神奈川では勝てない」という思いがそこにはあった。
試合開始。木下の調子が悪い。ストレートが高めに浮き、思うような組み立てが作れない。序盤は何とか凌いだが、3回裏に味方に1点を先制してもらった直後の4回表、3本の長短打を浴び、あっという間に2失点。1−2と逆転された。
慶応先発の落合(右投げ)はのらりくらりと相手をかわす。決め球はスライダー。でも軸になるボールは何の変哲もないストレート。いや、良く見ると手元でおじぎしている。外から見ていたら、いつでも打てそうな普通のボール。でも、鎌学は捉えることができなかった。
鎌学、6回裏の攻撃。2死一、三塁のチャンスを掴む。バッターは1番左打ちの田中。それを見て、上田監督が動く。センターから左投げの永井を呼び、マウンドに。先発落合は外野へ。永井はいきなりストレートの四球を与え、満塁のピンチを作るが、2番打者、これまた左の石井をキャッチャーフライに抑え、大ピンチを切り抜けた。
7回裏。マウンドには、またもや落合が。永井は定位置の外野へ。でも、落合は見るからにバテバテ。先頭打者に死球を与えると、次の打者にはカウント2−3。ここで落合がマウンドから、ベンチに合図を送る。と思ったら、トボトボとマウンドを降りてきた。またもやピッチャー交代。外野から永井が2度目のマウンドにやってきた。永井が、これまたのらりくらりと、後続を打ち取った。
2−1、慶応リードで試合は進む。鎌学からすれば、チャンスはあるが、うまくかわされている。 9回表、慶応にまさかが起こった。相手のミスで得たチャンスで、1番鹿内がレフト芝生席で3ランをホームランを放った。自身、「練習試合でも打ったことがない」という高校初ホームランが、とんでもないところで飛び出した。これで勝負は決まった。
「左打者が来たら永井で行こうと、今日の朝、ヨーグルトを食べているときに思いつきました(笑)。落合のボールが芯を食い始めてたので、あそこは1、2番だけ永井にしようと。でも、もう1度永井を投げさせるつもりはなかったんです。あれは、落合が足を攣ってしまって、『もう、投げられない』って言うもんだから…。落合には、1週間前にツーシームを教えたんですよ。今日はそれが良かったみたいですね」 大会の1週間前に新しいボールを覚えさせる感覚は、普通ではないと思う。大会を控え、調整に入らせるのが普通だ。でも、覚えた新球が勝利を呼んだ。
普通じゃないといえば…、球場通路から上田監督が出てくると、外で待ち受けていた野球部員が手拍子と大歓声で監督を出迎えた。 「マック!マック!マック!!マック!!」 上田誠。愛称である「マック」が部員から連呼された。マックもそれに応え、部員とハイタッチ。監督と選手の普通じゃない関係を見た。 試合中もそうだった。ピンチを凌ぎ、ベンチに戻ってくる選手を、監督はハイタッチで迎えた。選手は何のビビリもなく、自然にそれに応えた。 上田監督を紹介した何かの記事に書いてあった。「『監督が絶対』という考えは好きではない。指導者の方が経験はあっても、人としては対等なはずです」
慶応野球部。いつも不思議なチームを作ってくる。スタンドから見ていてセンスを感じる選手は、他の強豪に比べて少ない。個性的な投げ方、個性的な打ち方をする選手が多い。型にははまらない。頂点には届かないが、ベスト16あたりで安定した力を見せている。 だが、不思議なチームであるがゆえに、「今日良い試合したと思っても、次の試合でコロッと負けたりしますからね」と上田監督も言う通り、いきなり不意打ちを食らったように、あっさりと負けることもある。昨夏はシード校の相洋に快勝し、横須賀学院にもコールド勝ち。だが4回戦で神奈川工に1−13で負けた。2回に一挙8点を奪われ、あっけなく夏が終わった。でもそれもまた、慶応野球部である。
「じっくりゆっくりと将来に繋がる指導をしていきたい」。それが上田監督の考えだ。野球は高校3年間で終わりではない。慶応大学でも現役を続ける部員が多い。
昨夏、2回に一挙8点を失い、敗戦投手となったのは、今日リリーフで好投した永井だった。去年は2年生ながらエースとしてマウンドを守り続けた。だが、今年の春先、肩を痛め、春季大会での登板は一度もなかった。エース番号は後輩の落合に奪われた。 「1年間、昨年の悔しさを忘れないようにやってきたので、今日抑えることができて嬉しいです」 8番を着ける元エースは、またエース番号を着ける思いでいる。 「エース番号に未練があります。大学に行って、外野手ではなく投手一本で挑戦したい。今は腕を下げ気味で投げているんですが、大学ではオーバーハンドにして、やってみたい」
まだ夏が終わったわけではないのに、次の目標を語れる選手。慶応にはそんな選手がたくさんいるのだと思う。
この夏、慶応の選手は負けたとき、涙を流すのだろうか。監督や選手の話を聞いていて、そんな疑問が頭に浮かんだ。
|