あと、数時間で第74回選抜高校野球の出場32校が決まる。私の地元神奈川からは、出場の可能性がある学校がゼロ。10数年ぶりのことだ。桐蔭学園も平塚学園も関東大会の初戦で散った。 選考に関して、興味があるのは東京大会準優勝の二松学舎大付属が選ばれるか。辺土名が、沖縄県2年連続の21世紀枠に選出されるか。この2点だけ。やはり、神奈川をこよなく愛する私としては、地元が絡んでいない選考には寂しさがある・・・。昨年は違ったので、なおさら落差を感じる。
2001年1月31日。午後3時頃、私は桐光学園に向かっていた。前年の夏からずっと注目してきた学校であり、何人か顔見知りの選手もいた。選考の重要資料となる秋季大会では、初戦で拓大紅陵(千葉)を5−1で下したものの、準々決勝では水戸商業(茨城)に3−4で惜敗。選抜出場には微妙な位置にいた。 例年、関東地区には5校の出場枠がある。それを考えると、ベスト4までは確定。残りの1枠を準々決勝で敗れた学校で争うと見られた。出場校を予想する雑誌、新聞では、「桐光学園は5番目のイスを確保」と書かれた記事が多く見受けられた。「負けた相手の水戸商が準優勝したこと」「準々決勝で負けたチームの中で試合内容が一番良かったこと」「激戦の神奈川で優勝していること」。以上の3点がその理由だった。
選考の日が近付くにつれ、部員はそわそわしていた。「みんなで雑誌を読んで、選ばれるかどうか予想してるんですよ。大丈夫ですかね?」とある部員は言っていた。「大丈夫だよ、大丈夫!絶対、選ばれる!」と私は根拠のない自信で答えた。いや、ほんの小さな根拠はあったかもしれない。 その頃、私は選抜を主催する毎日新聞社でアルバイトをしていたため、運動部の方の話(雑談)を盗み聞き(?)できる場所にいたのだ。盗み聞きというより、単刀直入に「桐光はどうですかね?」と聞いたこともあった。もちろん、答えた方は選考委員ではないので、「選ばれる」と言おうが、単なる個人的意見にすぎない。でも、「桐光?普通に考えたら大丈夫じゃない」と言ってくれた。心強い意見だった。
選考日。当日の朝、どうしても桐光学園に行きたくなった。新聞よりもネットよりも誰よりも早く、「選抜出場決定!」を知りたい。選手の喜ぶ姿を目にしたい。そんな気持ちだった。 グラウンドに行けば、一般の生徒だっているだろう。それに報道陣も来てるから、部外者の私がいても、変な目で見られることはないだろうと思い、学校に向かった。
学校に入ると、壁に張られた紙に目が行った。『報道受付はこちらです』。「報道受付? そんなのあるのか。自分もスポーツライターと名乗ってしまえば大丈夫か?」不安と取材をしたいという思いが交錯した。でも、せっかく学校まで来たのだから・・・。『スポーツライター』と書かれた名刺を手に、報道受付に向かった。
「こんにちわ。今日、桐光学園の取材に来たのですが・・・」「あ、ではコチラに名前を書いてもらえますか」何てことはない、意外にもあっさりと取材させてもらえた。でも、名前を記入する横には所属を書く欄も。「NHK」「スポニチ」「日刊スポーツ」どれも大メディアばかりだった。この時はさすがに、「スポーツライター」と書く自分がまだ恥ずかしかった。
通された部屋は校長室。すでに報道陣で埋まっていた。校長先生はすでにイスに座り、準備は万端。吉報が来るのを待った。 午後4時すぎ、職員の方が校長室に走ってきた。「出場決まりました!電話来ました!今からそちらに電話回します」報道陣は一斉にカメラを構えた。 ここからは、テレビで良く観る光景。「トゥルルル、トゥルルル」2コールぐらい待つのが演出。受話器を取る。カメラのフラッシュ。「ありがとうございます。喜んでお受けいたします」。めでたく、桐光学園の甲子園初出場が決まった。 校長の喜びの声を聞くと、報道陣は携帯を掛け始めた。「桐光学園決まりました。校長のコメントは〜」私はその光景を、なぜか楽しく眺めていた。
しばらくすると、監督と主将が校長室に入ってきた。共同記者会見のためだ。けれど、記者会見が始まっても報道陣からの質問がほとんど飛ばない。「こういうものなのかな。もっと色んなこと聞きたかったのに」と内心思った。自分で質問する勇気もなかった。 共同記者会見が終わると、報道陣は監督、選手を囲んだ。「あ、なるほど、ここで個別に質問するのか」。私もノートを片手に監督の側に寄った。ひとり離れ、ふたり離れ、ついには監督と報道陣3人(もちろん私も含め)になった。「やっと、取材のチャンスがきた!」と私は今まで桐光学園を見続けてきた知識(?)を生かして、聞きたいことを思う存分訊いたのだった。
その後、ラグビーの共同記者会見に何度がでることがあった。何度も出ると、分かることがある。質問する人が決まっているのだ。そして、座る席も大体決まっている。初めて、共同記者会見に出たとき、一番前の席が空いていたので、思わず座ってしまった。思わずというか、そのときは「当たり前のように」だったかもしれない。今から考えると、「何だ!あの若造は!」と見られていたことは間違いない。今では会見場の後ろに立つようにしている(笑)。
現在、午後1時半。出場選考を待ち、ドキドキしている部員、監督、関係者の方がたくさんいることだろう。去年の桐光学園の選考を待つようなドキドキ感が、今年の私にはないことが、ちょっぴり悲しい・・・。
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