加藤のメモ的日記
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| 2023年04月29日(土) |
今、脳死をどう考えるか �� |
【渡辺】臓器提供者の発生数が季節によって左右されるというような面もあるのかな。 【ナンシー】ホリディシーズンの直後、それと初夏は毎年ドナーが非常に多いですね。 【渡辺】ねるほど。ところで仕事の手順を少し具体的に教えていただきたいのですが、あなたが出向いていく病院の病院の現場には脳死患者がすぐそばにいて、その家族たちは ベッドのそばに付き添っている。そう想像すればいいのかな。 【ナンシー】いつもそうです 【渡辺】家族にしてみれば突然、見知らぬ人間が現れて、身内の臓器をよこせと言われるわけでしょう。「ふざけるな」と怒る人はいませんか? 【ナンシー】アメリカでは、患者さんが脳死状態に近づいたら移植コーディネーターが必ず姿を現すということは一般にも広く知られています。ですから、私に向かって怒鳴ったり、暴力をふるったりする人はまずいません。 【渡辺】イヤなら、「臓器提供するつもりはない」と断ってもいいわけだし。 【ナンシー】その通りです。臓器提供は決して強制的なものではなく家族にとって一つの選択です。私たちはそのことをあらかじめ家族に伝えて、相手の「イエス」も「ノー」同じように尊重します。 【渡辺】ただ、あなたが臓器提供の話を持ち出した時、脳死患者の家族が共通して示すような反応はありますか。 【ナンシー】脳死を宣告するのは医師ですが、その事実を受け入れなければならないのは当の家族です。そして、すべての家族は初めにまず、「とても死んだとは思えない」と訴えます。とりわけ子供の脳死患者はまるで眠っているような穏やかな表情をしていますから、両親の嘆きと悲しみは深い……。 【渡辺】その場合、最初は頑強に臓器提供を拒んでいた両親が、少しずつ気持ちが変わって、最後は同意したというようなけーすはありますか。 【ナンシー】私が最初に経験した家族がまさにそうでした。 【渡辺】少し具体的に話していただけますか。 【ナンシー】道路で遊んでいた7歳の男の子がトラックにはねられたのです。 【渡辺】そして収容された先の病院の医師は「この子は助からない」と診断して、あなたが呼ばれた。 【ナンシー】でも、私が現場に到着時点で、その子は生きていて、脳死一歩手前の段階だったのです。 【渡辺】その状態で、臓器提供の話を持ち出されても、おそらく家族は……。 【ナンシー】最初の日、家族は「絶対にイヤだ」と叫び、母親は「私は奇跡を信じる」と呟いて必死に神に祈り続けていました。 【渡辺】脳死を宣告されたのは何時間後でしたか。 【ナンシー】3日後でした。 【渡辺】あなたもずっと家族に付き添っていたわけですか。 【ナンシー】そうです。そしてあの子が最期を迎えたとき、ご両親のほうから臓器提供の申し出があったのです。 【渡辺】その両親が、最愛のわが子の臓器を他人に提供する気持ちになった最大の動機は何でしょうね。 【ナンシー】お母さんはこう言いました。「私の坊やの臓器で、他のお子さんの命を助けてあげられる。それも一つの奇跡だと考えなおしたの」と。 【渡辺】そうやって、臓器の提供を承諾した家族が、医療スタッフに何か注文をつけるということはありませんか。 【ナンシー】臓器を取り出す手術で、なきがらに外見上の傷が生じるのではないかと心配する家族は多いですね。
【渡辺】家族との話し合いが一番長引いたケースは? 【ナンシー】3日間です。というのは、脳死を宣告されて三日以上が経過すると脳の機能との関係で、臓器そのものが移植に使えなくなりますから。 【渡辺】この3年の間、あなたは一度もトラブルに巻き込まれたことはないのですか。 【ナンシー】一度だけ。ある子供が脳死になって、両親の意見が分かれたのです。 【渡辺】わが子の臓器を提供するかどうかですね。でもそういうケースがあっても当然のような気がします。 【ナンシー】父親はイエスと言い、母親は「ノー」の気持ちを自分の気持ちを自分の胸にしまっていました。そして父親が承諾書にサインして臓器提出の手術のあとで、母親は「私は実は反対だった」と損害賠償を要求してきたのです。あれは苦い経験でした。それ以来、家族全体の100%の同意が確認できない場合は摘出を見合わせます。むしろ私のほうから「臓器提出はよしましょう」という形にしています。 【渡辺】あなた自身、脳死患者の行先はすべてご存じなのですか。 【ナンシー】もちろん知っています。そして手術の成果、移植を受けた人の居住都市名、性別、年齢は必ず臓器提供のの遺族に手紙で書き送っています。 【渡辺】僕は、アメリカで臓器提供した日本人の例を一つだけ知っています。その人は今から4年前に留学先のアラバマ州で事故に遭って3日目に脳死の宣告をされた。その時、急を聞いて駆け付けたお父さんは臓器移植を申し出て、息子さんの心臓、肝臓、腎臓などがアメリカ人に提供された。 【ナンシー】ええ。 【渡辺】もしかするとこのケースは、日本人の脳死患者が複数の臓器を提供した第一例目かもしれませんが、日本へ帰国した父親の元にアリゾナのドナー・コーディネーターの方から大変丁重な手紙が届いたそうです。 【ナンシー】臓器をもらった側の患者さんはご遺族の住所を知らされませんので、私たちを通じて感謝の気持ちを伝えて欲しいと強く要望されます。そしてその手紙は、ドナーの遺族にとっても貴重な宝物のように思えるのです。 【渡辺】失礼な質問ですが、あなたは今の仕事で十分な報酬を得ていますか。 【ナンシー】それに関してだけはノーコメントです(笑)
UCLAメディカルセンターの場合、看護婦の平均年収は4万5000ドル(約600万円)コーディネーターはその1.5倍というから、ナンシーさんの年収は推定で7万ドル(約940万円)。
【渡辺】ナンシーさんはつい最近、臓器提供を受ける側のコーディネーターい変わられたそうですが、新しいお仕事のほうも大変でしょう。 【ナンシー】私は昨夜、患者からの電話で2時間しか眠っていません。 【渡辺】臓器移植は多額の費用がかかるけど、患者サイドにそうした経済的な悩みはないのですか。 【ナンシー】ほかの病院から紹介されてUCLAにやってくる人は多いのですが、ここで移植手術の待機リストに載るのは保険で手術費が支払える人だけなんです。 【渡辺】アメリカの場合、老人医療と低所得者医療は社会保険制度でカバーさえているはずなんだけど。その保険面で問題に直面するのは社会的にどういう層の人たちですか。 【ナンシー】大部分は中流階級の人たちで、全財産をなげうって手術を受けるか、それとも自分の命は捨てて、残された家族のために財産を温存するかという、深刻な選択を迫られるのです。 【渡辺】家族のために移植を断念した人は、その後どうなるのかな。 【ナンシー】残念だけど、死ぬだけです。
『いま 脳死をどう考えるか』渡辺淳一
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