加藤のメモ的日記
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2014年05月13日(火) 患者よ、がんと闘うな ��

テレビや新聞、週刊誌、あるいは単行本の出版社は、これら非証明医療を持ち上げてはなりません。メディアに取り上げられると、患者たちはお墨付きが出たと勘違いするからです。その結果、治るチャンスを逃す人、副作用で死亡する人、残り時間を空費する人、財産を巻き上げれる人が続出しています。メディアは、それらの患者に対し責任があると知るべきです。医師のする非証明医療は許せませんが、患者が再発・転移の不安のために、非証明医療に走る心情は理解できます。再発・転移の不安のために、非証明医療に走る心理は理解できます。

再発・転移を防ぐために自分でできることは何でもやってみよう、体にいいといわれることは何でも試してみよう、という気持ちになるのは当然です。といって、実際に非証明医療に足を踏み入れると、詐欺的商法の被害者になりかねないのですから、別の方法で不安を克服しなければなりません。私からのアドバイスとしては、薬物などの物質に頼る気持ちをまずずてること、人との出会いや心の交流を大切にすること、そしてできれば打ち込むことのできる何かを探すこと、などがあります。

がんの本質は老化

非証明医療がはやる他の原因としては、どんな病気にも何か治療法があるはずだ。という確信にも似た思いがあるのでしょう。それゆえ、治らないといわれると、治らないのは現代医学が未熟なためだと考えて別の方法を求めてしまうわけです。しかしがんが治らないのは医学が未熟だからでななく、いくら医学が進歩してもどうにもならないことがあるからではないか、という視点を持つ必要があります。

たとえば、がんは遺伝子の傷がたまって生じるという、皆遺伝子治療に期待します。しかし、それには少なくとも三つの障害があるのです。第一は、どの遺伝子にどのような傷があるか正確に判断する方法がないことです。第二には。傷の完全修復のためには、無傷の遺伝子を細胞の中に入れる作業が必要になってくるはずですが、その具体的方法がわかりません。第三のおそらく最大の障害は、仮に具体的な方法がわかっても、全部のがん細胞の傷を修復できないだろうということです。

なぜならば、がん細胞は無数にあるので(1センチのしこりで10億個のがん細胞)、そのすべてに遺伝子をもれなく注入できるとは考えられないからです。また仮に、もれなく注入できる方法が、見つかった場合、そんなに効果が良ければ、体の正常細胞のほとんどにも遺伝子が注入されてしまうはずで、それでは何が起こるかわかりません。がんが治らないもう一つの原因は、がんは正常な細胞・組織の中に埋まっている、ということにもあります。そのため、正常臓器・組織を切り取らずに手術することは不可能となり、がんを殺すか人を殺すかの二者択一を迫られます。放射線治療にしても、正常な部分を照射せずにがんだけを照射することはできませんから、照射線量をあげると臓器・組織の障害のために人は滅んでしまいます。

加齢と共に遺伝子の傷が増加する一方で、がん死亡率が急上昇するところをみると、がんの本質は老化といえるのではないでしょうか。がんの本質が老化であれば、がんが治らないのも不思議ではありません。秦の始皇帝の時代から、人は老化と闘って勝ったためしがないのです。どうやらがんは、その本質上治らない、と考える必要がありそうです。

(p193)がんは早期発見可能な大きさを超えたあと初めて移転するのではない、という命題は、がんの本質からも裏付けられます。がんの本質は、簡単にいえば、細胞の遺伝子についた傷です。正常細胞の特定の遺伝子に特定の傷がついた場合にがん細胞になるわけで、転移に必要な特殊な酵素を出すなどの能力も、特定の遺伝子に特定の傷がついた場合に獲得されます。

これらの傷は遺伝子ごと、子孫の細胞にそっくりそのままの形で受け継がれていくのが原則ですから、早期発見可能な大きさになるまで転移が成立していなかった場合、それ以降もう転移しないと考えらえるわけです。なぜならば1センチのがんでも、すでに30回ものネズミ算を繰り返し、細胞の数は10億にもなっているので、その時点まで転移できなかったことは、特定の遺伝子
に特定の傷をつけることができなかった証拠になるからです。


がんと闘うことなかれ

本書では総じて、現行のがん治療の負の側面を述べてきました。その内容に得心された方も多いようですが、反面、治る夢が打ち砕かれた、がん治療の将来に希望が持てなくなった、などのお便りも連載中にいただきました。そのような反応があることは当然予想していましたから、連載を始めることは本当に苦しい限りでした。それでも筆をとることにしたのは、患者たちが手術による合併症・後遺症や抗がん剤の副作用で苦しみ、治療のせいで亡くなった患者の家族が悲嘆にくれている可能性があるからです。それらの治療が妥当でも必要でなかったとしたら、それに気づいた専門家は、世に知らせる責任あると考えたのです。


『患者よ、がんと闘うな』 近藤 誠


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