加藤のメモ的日記
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| 2014年04月20日(日) |
老いた親の捨て方 �� |
みんな悩んでいる
愛情を注ぎ、立派に育ててくれた両親。時は流れ、あなたは定年。親は80過ぎ。感謝の気持ちは忘れない。けれど、いつまでも「親子の愛情」に引きずられていては、自分の人生を失うことになります。
「15年前、母が認知症を発症したのを機に、同居を始めました。私はまだ54歳で働いていたし、家は狭い建て売り住宅。高校生の娘も二人いたので妻は抵抗があったようですが、私は強引に母を引き取り、妻に介護を任せたのですが、そこからすべてがおかしくなりました……」
無念さを滲ませながらこう語るのは、高田誠さん(69歳/仮名)だ。高田さんは定年退職した60歳の時、妻に「捨てられた」。いまは一人、誰との会話もない孤独な日々を送っている。引き取った当時、母親は75歳。認知症は年々進み、介護する妻に「私の金を盗んだ」「死ね」などの罵詈雑言を浴びせるようになった。やがて高田さんは定年を迎えたが、母親の介護は相変わらず妻任せだった。
「家にいるようになると、母の認知症がいかにひどく、妻の苦労がどれほどのものか十分すぎるほどわかりました。徘徊癖がひどく、片時も目が離せないため、外出もできないという状況。でも、私は病気の母と向き合うのが怖くて、どうしても一緒に介護する気になれなかった。定年から半年経った頃、妻から、『私はお義母さんの世話をするために生きているんじゃありません。介護で6年間も家に縛られている間に、友達もみんないなくなってしまった。もう施設に入れてよ。それが無理なら離婚します』と泣きながら訴えられたんです」
しかし、高田さんはかって自分に愛情を注いで育ててくれた母を捨てる、という決断がどうしてもできなかった。そこで娘二人に妻を説得してもらおうと甘い期待を抱き、家族会議を開いた。ところが―。「娘たちの反応は真逆でした。『母さんをずっと放っておいたお父さんの自業自得だ』『病気とはいえ、母さんをいじめ続けたお婆ちゃんの見方はできない』と言われたのです。当時は、息子夫婦が親の面倒を見るのは当然だと思っていたし、プライドもあったので、『それなら離婚だ』と、思わず言い放ってしまったのです」
親の死後は孤独死しかない
離婚後高田さんは一人で介護に取り組んだ。だが、あまりの大変さに2年で挫折。認知症専門の施設に入れた。その母も、5年後に息を引き取った。「家族会議で、娘が言ったんです。『母さんと別れるなら、父さんの未来には孤独死しかないよ』。この言葉が頭から離れません。なぜもっときちんと妻と向き合わなかったのか。己の愚かさを呪うばかりです」
日本人の平均寿命は82.59歳。超高齢化社会に突入したいま、高田さんのように定年を迎えた子供が、老親の世話や介護をするケースが増えている。「自分を生み育ててくれた親の老後の面倒を、子供が見るのは当たり前」―。これは、昔から日本人の心に深く根ざしてきた美徳ともいえる心情だ。だが、この「美徳」を守り、自らの老後を親のために捧げた結果、身を滅ぼしてしまう人々が後を絶たない。
伝統的な常識が通用したのは、平均寿命が50〜60歳と短かった時代の話だと、老後の「片付け問題」に詳しい山下氏は言う。平均寿命が80歳を超え、世界一の長寿大国になった今、事情は全く変わっているというのだ。「今は親が自分より長生きするかもしれないという、かって経験したことのない時代。そして団塊の世代は定年後に10年以上も、親の面倒を見なければならない最初の世代となるでしょう。だからこそ何を選び、何を捨てていくかを真剣に考えなければならない。我々は今、全く新しい問題に直面しているのです」
『週刊現代』3.22
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