加藤のメモ的日記
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2014年02月11日(火) 医者の限界を知る ��

私に何をしてほしいのか

一方、医療の限界は患者やその家族の問題によって直面することもある。東京ハ−トセンターの南淵センター長は、「一番困るのは、患者が何を求めているのかがはっきりしないときだ」という。「命には限界がある。誰しもいつかは死ぬ。だからもう先が厳しいという病気になったときには、自分は何をしたいのか、どういう形の治療なら本望なのかを自分で決めてほしい。手術によって仕事に復帰することを望むのか、1年でも長く生きたいのか。患者が何を望むかによって治療方針も変わる。自分が病院に本当のところは何を望んでいるのか、きちんと把握することが必要だろ思うんです」

心臓手術で圧倒的な治療成績を誇る南淵医師でも、手術に逡巡する瞬間もあるという。「私は手術を頼まれたらやらなければいけない立場だと思っています。どんな状況でも、合理性があればやる。手術前、患者さんには『絶対成功しますよ』といいます。嘘をつくのです。私の場合、患者が300人いたら299人は成功させる自信はありますが、それは自分に対するプレッシャーでもある。でも、医師の腕と自信だけではなくて、患者さんの魂が前向きじゃないと、絶対に手術はうまくいかないんです」つまり、手術が成功するか否かは医師の問題だけではなく、患者次第で限界を超えられることもあるのだ。

同様に患者側の問題で医者が悩むケースは他にもある。国立大学病院で皮膚ガンを専門とする医師は、「手術が患者にとってベストの選択かどうかで悩むことがある」と語る。「内臓のガンと違って、皮膚ガンは顔など人の目に触れるところにできる場合がある。それが高齢者の場合ならガンの進行も遅いので、天寿が先か、ガンが先かということになる。顔にできた皮膚ガンの手術をすると、人相が変わることもあるので、手術で取らなくてもと考えるときもありますが、手術するかしないかは、患者さんやご家族の考えを聞いて決めます」

手術すれば治る可能性のある病気もあれば、現在の医療ではどうやっても治すことができない病気もある。その代表格である認知症。お多福もの忘れクリニック院長の本間医師は、認知症患者を診る中で日々「限界」と闘っている。「そもそも現状の認知症の治療は、根本を治療して治すためのものではなく、進行を遅らせるための対症療法に過ぎないのです。ですから治療を続けてもアルツハイマーが治るわけではない。また、患者さんが10人いたら10通りの症状があるので、現在使われている4種類の薬がその人に効くかどうかもわからない。これが認知症治療の現状なのです」

根本的な治療ができないという限界のほかににも、認知症には多くの問題がつきまとう。患者が一人暮らしの場合、例えば骨折して動けなくなっても、手術をする、しないの意志表示ができず、そのままになるケースがある。その人にとって一番にいいと思われる医療が受けられないのだ。また、家族がいる場合でも、認知症患者のガン治療を家族が拒否するケースが、現実にあるという。認知症のまま体だけ元気になっても家族が介護に苦労するからという理由である。施設の問題もある。

「アルツハイマーが進行すると腎臓が悪くなり、透析が必要になってきます。ところが、認知症の透析患者を受け入れてくれる病院は圧倒的に少ない少ない。結局、透析を受けられないままホスピスへ行ったという患者さんもいます」(本間医師)単に「患者の命を救いたい」という思いだけでは解決できない限界が数々存在するのである。「神の手」で解決できるケースはごく一部なのだ。それだけに、医師が真摯に患者と向き合おうとすればするほど、悩みも深くなる。これまでさまざまな病院で、手の施しようがない、といわれた患者を受け入れて治療実績を上げ、現在、友愛記念病院に勤務する平岩医師。氏は、一般的な病院で行なわれている「型どおりの治療」を捨て、打てる手はすべて打つという、徹底して患者本位の治療を実践してきた。末期ガン患者や家族から絶大な信頼を寄せられてきたのはそのためだ。

その平岩医師に、医師として何をすべきかを教えてくれた患者が二人いる。そのうちの一人は、20年ほど前に担当した20代の末期の大腸ガンの男性患者だ。「もう助かる見込みはなかったのですが、当時は告知に慎重だったため、彼には本当の病状は知らせていませんでした。でも、本人は自分が助からない病気だということに気付いていて、気づかないふりをし、私も『もう少しで良くなります』と嘘を言う。これは辛かった。こんな馬鹿な話があるかと思っていました。患者さんは塞ぎこんでいて、ずっと暗い顔をしている。正直、当時は回診にも生きたくありませんでした」

そんなある日、その患者の同室に、胆石症の牧師が入院してきた。「それまでカーテンを閉め切って塞いでいたその患者さんが、いつの間にか牧師さんと話をするようになったのです。やがて牧師さんは回復したのですが、敢えて退院せず、しばらく病院から教会に出勤していました。さらにしばらく経つよ、大腸ガンの患者さんが病室から出て、牧師さんと笑って話をするようになったのです。奇跡だと思いました。患者さんはやがて亡くなりましたが、もしあのとき牧師さんが入院していなければ、彼は病室を出ることも、誰かと笑って話すこともなく死んでいったでしょう」

平岩医師はこの場面を目の当たりにして、無力感に打ちのめされた。医療者である自分には救えなかった患者の心の平穏を、宗教者である牧師が目の前で救ってみせたことに衝撃を受けた。

ガンになって本当によかった

もう一人は、20代半ばの大腸ガンの女性患者だ。「最初はおとなしい患者さんだったのですが、だんだん子供じみたことをいったり、ダダをこねた、泣いたりするようになりました。どうにかして患者の心を和らげてあげたいと思い、私ある日、泣いている彼女の横に座って、彼女のマニキュアを自分の爪にに塗ってみたのです」そんな平岩医師の様子を見て、「先生、何やっているんですか」と彼女は笑った。それからしばらく、平岩医師はマニキュアをつけたまま過ごしたという。「今日、電車に乗ったときに変な目で見られちゃった」などとその日にあったことをおもしろおかしく話して聞かせた。彼女が少しでも笑顔になってくれるように、と。

ところがあるとき、別の患者から「彼女は『先生は私を笑わせようとしてくれているのよ』と話している」と聞いた。「これではダメだと思いました。結局、彼女は手をこまぬいている私を見かねて笑ってくれていたわけです。励まされていたのは私の方だった」どうしたら彼女の心を和ますことができるか。考えた末、平岩医師は以前、彼女が語っていた「ニューカレドニアに行きたい」という夢を叶えてあげようと思い立った。ところが、病室へ行って「一つだけ夢を叶えてあげる」というと、彼女から意外な答えが返ってきた。

「キムタクに会いたい」。「拍子抜けしてしまいましたが、でも彼女の夢がそうだというので、八方手を尽くして、どうにか『SAMP×SMAP』のスタジオ収録を見学できるよう手はずを整えたんです」じかに接することは無理でも、間近でキムタクを見ることができると聞いた彼女は、車いすでデパートに行き、新しい服とかつらを買った。一ヶ月後、新調したファッションをまとって見学する彼女の姿が、スタジオにあった。SMAPのメンバーが料理をふるまうコーナーの収録が始まった。料理が完成したところで急にスタジオが暗転。見学していた彼女にスポットが当てられた。するとSMAPのメンバー全員が彼女を囲み、作った料理を食べさせ、一緒に記念撮影もしてくれたのだ。平岩医師が何とか手を尽くして準備したサプライズのプレゼントだった。

「それから3ヶ月後に彼女は亡くなったのですが、写真を自分の病室に張り、亡くなる前には、友達にお別れの手紙を書き、そのときの写真と一緒に送っていました。その手紙も、悲壮なものではなく、SMAPに会ったことを友達に自慢するような内容でした。『ガンになって本当によかった』と言っていた彼女の言葉は、決して強がりではありません。亡くなるまで笑顔を見せていたことを思えば、あれは本心だったのだと思います」彼女の変化を見て、平岩医師は「再び奇跡を見た」と思った「私は牧師にも、キムタクにもなれない」と、その限界を感じると同時に、医師として自分がすべきことは何かを摑んだ。「あくまで私は医者として どう患者さんに向き合えばいいのか。考え抜いた末、とことん知恵を絞り、手間暇を惜しまず、世界中のあらゆる知識を動員して、極限まで抗ガン剤治療を行なおうと決心しました。そこまでやればあるいは牧師さんやキムタクに負けないかもしれないと」


『週刊現代』


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