加藤のメモ的日記
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2014年02月12日(水) 医者の限界を知る ��

怖いし、逃げたい

「治す」ということが医師の仕事のすべてであるなら、末期ガンで打つ手がないという患者は、もはや医師の仕事の対象ではない。だが、たとえ救いようのない末期であったとしても、少しでも患者が満足して逝ける医療を施そうと心を砕く。そんな名医もいるのだ。医師たちを悩ますものは、医療技術の限界だけではない。平岩医師のように、医者として与えられた任務をこなす中で、自身の「心の限界」にも必ず直面する。

北里大学病院・外科教授の渡邊医師も、そうした一人だ。「本当は辛い仕事だと思いますよ。私たちにできるのは、目の前の患者さんの人生に、少しでもいいから彩りを添えてあげること。喜べる時間を少しでも長くすることぐらいでしょう。神に祈りながら生きているようなところがある。渡邊医師は、体にやさしい大腸ガンの腹腔鏡手術のパイオニアだ。そんな医師でも日々、惑い、苦悩することがあるという。「学会で海外に出張中でも、手術した患者さんのことが気になって仕方がないんです。病院に電話して『落ち着いています』と聞いたら、とたんに上機嫌になるし、逆なら一刻も早く日本に帰りたいと思う。

よく、仕事と私生活は切り離してとかいうけれど、そんな簡単に切り離せる人なんていない。外科は自分で患者さんに手を下して、その後、年単位で診ていく。やっぱり人間だから情が移るんですよ。そんなときに再発なんてされちゃうと、この人を失わなくちゃいけないのか、と想像するだけで悲しくなってしまうんです。再発したのも、自分の手術が悪かったのではないか、と自問自答しながらやってきました。それくらい怖いんです」

渡邊医師は、手術というものは「患者さんに対する傷害」だという。命を助けるためとはいえ、傷害を与える以上、細心の心配りをしなければならないのだ。「私たちは、絶対に患者さんの痛みを知ることができない。想像するしかできないんです。で、も、想像したって本当の痛みには絶対到達できない。だから、誠心誠意やらないといけない、そう思っています」だが、どんなに医師が手を尽くしても、人には必ず死は訪れる。「一人の方の最後の一瞬まで付き合う。ものすごく辛いんです。本当は、そこから逃れたいと思っている。病室で寝ているその方のところへ行ったとき、何か話さなければならないのだけど、その教育を僕らは受けていない。そういう状況の中で学んで、最善を尽くしていかなければいけないんです」(渡邊医師)

医者の心の限界は、患者を救うことでしか超えられない。その一方で、医師個人の技量や努力では超えられない限界もある。医療制度が抱えるさまざまな問題がそれだ。その中の一つに、まず「包括医療制度」があげられる。抗ガン剤治療の第一人者である、ガン・感染症センター都立駒込病院院長の佐々木医師が言う。「ホスピスの場合、内服の抗ガン剤やホルモン剤なども含めて、ガン治療を全く行なわないところが増えてきています。これは、10年ほど前から患者一人あたりの診療報酬が1日37.800円と決められていることにも関係しているようです」つまり、上限が決められている以上、積極的な治療をすればするほど、病院側の利益が減ってしまう構造になっているのだ。「ホスピスは、『ご本人が治療しないことに納得するか、治療をあきらめて頂いてから紹介してください』と言ってくるケースもあります。生きることを諦めた人だけが入れる、というのは辛いことです。どんな状況であれ最後まで『生きたい』という思いの患者はたくさんおられますから」

東京厚生年金病院・泌尿器科部長の赤倉医師は、「ドラッグラグ」の問題を指摘する。「日本で新薬の認可を司る機関は、医薬品医療機器総合機構ですが、ここの人的パワーはアメリカに比べると圧倒的に劣っている。そのため認可に時間がかかります。さらに製薬メーカーも、時間と費用がかかる割に、日本では新薬はそれほど大量には売れないというので、アメリカほど積極的ではない。認可を受けるのは、特許が切れた後でもいいという考えがあるかもしれません」

ガン治療における医療経済の問題点もある。「例えば前立腺ガンになった場合、精巣を完全に切除する去勢手術と、定期的なホルモン剤の注射のどちらを選ぶかと患者さんに聞いたら、ほとんどの人は後者を選ぶでしょう。でも、ホルモン剤だと一ヶ月約5万円で一生続きます。去勢手術に比べ、圧倒的に医療費がかかるんです。これでは、個人の問題だけではなく、国の医療費にも限界が来ます。高齢の患者さんであれば、一度去勢手術をしてしまえば、病院に何度も通う必要はなくなるので、将来的に考えるとそちらの方がよい場合もある。このように、さまざまなメリット、デメリットを踏まえた上で、治療法を考えていかなくてはなりません」(赤倉医師)

外科医では、手術の「診療報酬」がネックになる。「肝臓ガンの手術でも、手術の難易度に関係なく、取り出した肝臓の量に応じて点数が上がっていくというシステムでは、外科医の技量が評価されない。逆に、難しい手術の方が点数が低くなっているくらいです。現場を知らない人たちが保険点数を決めているからこのようなことになってしまう。神経をすり減らし、体力も酷使される割に、金銭的に報われないというので外科医の志望者数は1980年代半ばの3分の1まで減っています」(前出・幕内医師)

医者だって悲しい

さらに、医療制度の問題は枚挙にいとまがないが、そんな数々の限界の中でも、知恵を絞り、身を削って患者と向き合おうとしている医師はいるのだ。「治療がうまくいった人より、うまくいかなかった人の方がずっと覚えていますね。頑張っても、どうしようもないこともある。患者さんが亡くなったあと、ご家族から『先生にお任せしてそうなったのだから、悔いはありません』そう言われると、本当に申し訳なく思う。手術をしなければ、今頃ひ孫と遊んでいられたかもしれないなどと考えてしまいます。その重みを、私はいつも背負っています」

前での渡邊医師はこう言うが、右の家族の言葉は、心からの言葉だったに違いない。名医であるほど、自分の手で患者を救えなかったとき、患者には見えない部分で、心を痛めているのだ。あなたが患者になったとき、そして自分の家族が患者になったとき、もし医者が心に抱える苦しみも共有できたのであれば、医者とのよい関係を築きよりよい生を全うできるだろう。どんな命にも限りはある。医者にも医療にも限界があることを知り、自分の病状を客観的に把握した上で、自分が医師に何を望むのかを明確にする。これが上手な患者になる心得と言えるのではないか。


『週刊現代』


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