加藤のメモ的日記
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2013年10月23日(水) 資本主義はなぜ自壊したのか ��

リーマンショック、格差社会、無差別殺人、医療の崩壊、食品偽装。すべての元凶は市場原理だった。

構造改革の急先鋒であった著者が記す「懺悔の書」

世界経済は大不況の局面に入った。この混乱が収束するにはおそらく数年にもわたる調整が必要になるだろう。しかし、もっと本質的な問題がある。グローバル資本主義の本質とは何かという問題である。それを明確にしない限り、我々は将来、何度でも今回と同じ間違いをしでかすに違いないからである。グローバル資本主義は、世界経済活性化の切り札であると同時に、世界経済の不安定化、所得や富の格差拡大、地球環境破壊など、人間社会にさまざまな負の効果をもたらす主犯人でもある。そして、グローバル資本が自由を獲得すればするほど、この傾向は助長される。

21世紀はグローバル資本主義というモンスターにもっと大きな自由を与えるべきか、それともその行動に一定歯止めをかけるべきなのか。当然のことながら、新自由主義勢力はより大きな自由を求める。グローバル資本が自らを増殖させるための最大の栄養源だからである。しかし、さらなる自由を手にした者は、まさにその自由によって身を滅ぼす。結局のところ、規律によって制御されない自由の拡大は、資本主義そのものを自壊させることになるだろう。

一字、日本を風靡した「改革なくして成長なし」というスローガンは、財政投融資制度にくさびを打ち込むなど、大きな成果を上げたが、他方、新自由主義の行き過ぎから来る日本社会の劣化をもたらしたように思われる。例えば、この20年間における貧困率の急激な上昇は日本社会に様々な歪みをもたらした。あるいは、救急難民や異常犯罪者の増加もその負の効果に入るかもしれない。改革は必要だが、その改革は人間を幸せにできなければ意味がない。人を孤立させる改革は改革の名に値しない。かっては筆者もその改革の一翼を担った経歴を持つ。その意味で本書は自戒の念をこめて書かれた「懺悔の書」でもある。

グローバル資本主義はなぜ格差をつくるのか

グローバル資本主義、あるいはグローバリゼーションという言葉が現実味を持って語られるようになったのは、1991年に起きたソ連崩壊からである。第二次世界大戦終結後、およそ半世紀にわたって地球を二分していた東西冷戦体制がソ連崩壊と共に終結し、ロシアや東欧圏と西側諸国との間に立ちふさがっていた市場の壁・鉄のカーテンが消え去り、東側にも資本主義原理が導入されるようになったことで、世界経済は急速に一体化していった。この動きを受けて、中国やベトナムといった社会主義国家でも、経済の改革・開放が行なわれるようになった。

この結果、ついに人類はグローバルマーケットの時代に突入することになったのだが、こうした動きに拍車をかけたのは、コンピューターとインターネットによるIT技術の本格的普及だった。世界中をカバーする情報網を簡単に、そして安価に構築することが可能になったことで、これまで投資をためらっていたような遠い地域や辺鄙な場所であっても、西側諸国の企業が進出できるようになったというわけである。もちろん、それと並行して、新自由主義の思想が広い支持を集め、各国で貿易障壁が撤廃されたり、あるいは政府による市場統制が緩和されたこともグローバル資本主義の発達を促すことになった。

さて、こうしてグローバル資本主義が現実に動きはじめたことを当初、人類は諸手をあげて歓迎した、と表現してもそれは決して大袈裟ではあるまい。例えば西側先進国の消費者にとっては、グローバル資本主義とは価格破壊の到来を意味した。100円ショップやユニクロが象徴するように、これまでの常識を破るような低価格で消費財が大量に販売されるようになった。アメリカでもウォールマートのようなディスカウント・ストアが急成長をしたわけだが、こうした低価格戦略が成功を収めた背景には、先進資本主義国の企業が中国やベトナム、あるいは東欧といった低賃金の労働市場に自由にアクセスできるようになったことがあった。先進国の数十分の一という低賃金で、ある程度の教育レベルを持っている労働者がいくらでも集められるのだから、先進国の企業はこぞって中国をはじめ、これらの国々に生産拠点を移すことになった。

わが世の春を謳歌した世界経済

その結果、先進国の消費者は驚くような安い価格で商品を手に入れるようになっただけでなく、投資家たちも収益機会が増え、高いリターンを手に入れることができた。不良債権処理に手を焼いていた日本はともかく、グローバル展開のおかげでアメリカやイギリスは最近に至るまで長期にわたる景気上昇を享受した。レーガノミックスに基づく改革を推進したアメリカは、1993年以来、2001年のITバブル崩壊の際の6カ月を除き、最近に足るまで、連続して景気が上昇した。サッチャー政権の大胆な改革で甦った英国は、その同じ期間、実に14年間にわたって景気上昇を続けることができた。

英・米両国とも国際的に金融業界の競争力が強く、グローバル資本主義を引っ張る主導的な立場の国であることは注目してよい。いずれにせよ、英米両国によって牽引された世界経済は極めて順調な成長を遂げ、先進国の消費者と投資家の多くはわが世の春を謳歌したのであった。特にアメリカ系投資銀行の高度の金融工学を駆使たレバッジ経済が金融市場の飛躍的拡大をもたらし、それが世界経済の活性化につながった。一方、安価な賃金で先進国の工場となった旧社会主義国の諸国にとっても、グローバル資本主義の到来は福音であった。

西側からの投資が怒涛のように押し寄せたことで、これらの国々の経済は急激に拡大した。中国は毎年、10%にも達する高度成長を遂げ、今やGDPで見て世界第4位の主要プレイヤーとして認知されるに至った。沿岸部と内陸部の差はますます拡大しているが、内陸部の人達の生活水準はゆっくりながら少しずつ上昇している。ただ、そのスピードが沿岸部の富裕層に比べると、あまりにも遅いというところが大きな問題であり、中国共産党もそれが成功するかどうかは予断を許さないが、「和諧社会・わかいしゃかい(調和ある社会)」政策によって所得分配の不平等是正に乗り出した。

さらに、インドはIT産業、とくにソフトウェア開発のメッカとして台頭してきた。ブラジルは世界経済の高成長に支えられ、鉄鉱石などの原材料価格の高騰をきっかけに急激な工業化を遂げつつある。ロシアは資源価格の高騰でオイルマネーが流入し、財政危機を乗り越えることに成功した。いわゆるBRICSがグローバル経済の表舞台に登場したのである。グローバル資本主義がなければ、彼ら生活水準がここまで上昇してくるということは全く期待できなかったであろう。この意味で、アメリカ主導のグローバル資本主義の「功」の部分については過小評価すべきではないと思う。

また、先進国の企業経営者たちにとって、中国やロシア、インドといった国々はまさにフロンティアであった。そこには何十億人もの安い労働力が待っていたし、また同時に、西側の消費財を売り込むための未開の広大なマーケットがあった。そして、西側の消費者にとっては、グローバリゼーションとは「プライス・ダウン」に他ならなかった。メイド・イン。チャイナの食品や衣類がkれまでの常識では考えられないほどの価格でスーパーに並ぶようになったし、また国際競争の激化で電化製品や自動車、パソコンといった商品もどんどん低価格化していった。一方、新興国の人々にとっても、グローバル資本主義の拡大は彼らの収入を拡大し、生活レベルを向上させ、成功のチャンスを与えるものだと考えられていたわけである。


『資本主義はなぜ自壊したのか』 中谷巌


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