加藤のメモ的日記
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| 2013年10月24日(木) |
資本主義はなぜ自壊したのか �� |
顧みられなかったグローバル資本主義の副作用
アダム・スミス以来の近代経済学では、人々が自由な市場で競争していけば経済はダイナミックに成長していき、「見えざる手」によって最適な資源配分が達成される。しかし、自由競争が生み出す不公平や環境破壊は政府がこれを是正しなければならないというのが、根本教義である。この線に沿って、新自由主義を唱える人達は「規制緩和を行ない、政府の干渉をできる限り減らして、自由競争を行なうための環境を整えるいことが大事であり、そうすることが経済のパイを最大にするための最善の方法だ」と主張してきた。日本において「構造改革」が声高にされたのも同じ論理による。
こうした新自由主義、あるいは近代経済学の主張が世界経済を活性化させ、経済にダイナミズムを持ち込むことに成功した可能性は低くはない。少なくとも、社会主義の実験が失敗した今となっては、グローバル資本主義がいくら世界経済を混乱に陥れたからといって社会主義体制にもう一度戻るべきだなどという安易な主張は受け入れられるはずもない。しかし、問題は、自由競争がもたらす副作用である経済の不安定化、格差拡大、環境破壊などについてはあまりにも考慮が足りなかったということである。
こういう議論に対しては、新自由主義者は経済が活性化し、パイが大きくなればその恩恵がやがては世の中全体に浸透し、やがて誰もが豊かになると主張する。格差拡大や金融危機などの現象は時として怒るが、それはあくまで過渡的な現象であるということになる。つまり、今は辛いかもしれないがこの時期を乗り越えれば、民主主義とマーケットの調整能力によって自然に副作用も是正され、地球に暮らす人々が皆それぞれに幸せに暮らせる春がやって来るというわけである。
これは��小平の南巡講和と同じ論理である。��小平は1992年、深玔や朱海、上海、武漢などを訪れ「白猫でも黒猫でもネズミを取る猫は良い猫だ」「先に豊かになれるところから豊かになれ」とハッパをかけた。この路線は、改革開放を加速し中国経済発展の原動力となったが、周知のように格差拡大や環境破壊という大きな社会経済問題を生んだ。このまま突っ走れば、中国における格差拡大や環境汚染が危機的なレベルに達することはほとんど確実であり、いずれマーケット・クラッシュが起こるか、政治的揺り戻しが起こるか、農民の暴動が起こるかして中国社会に大きな変化を引き起こすに違いない。 新自由主義やグローバル資本主義も同じ結末に向かって進んでいるように見える。いや、この原稿を執筆中に、金融恐慌が先にやってきてしまった。それより先に世界的な原油価格の上昇、食料価格の暴騰があり、それが世界の貧困層を直撃している。新自由主義やグローバル資本主義は中国と同じく、軌道修正の時期を迎えたのである。
果たしてこれは市場の失敗なのか
経済学では、政府による規制などの要因によって市場メカニズムが適正に動かず、望ましい資源配分が実現できない状態のことを「市場の失敗」と呼ぶ。例えば、一部の大企業が価格カルテルを結んだりすることによって、商品やサービスの価格が人為的に操作されると、マーケット、メカニズムは動かなくなってしまうし、もちろん政府によって市場価格への介入が行なわれば、それもまた市場の働きを歪めてしまう。
それと同じことが、今のグローバル資本主義にも起きていると見る経済学者は少なくない。その代表的な一人が、ノーベル賞経済学者であるスティグリッジである。彼は著書『世界に格差をバラ撒いたグローバリズムを正す』という著書の中で、地球上に格差社会が出現しているのは、アメリカをはじめとする先進諸国の利己主義によって市場原理が歪められた結果だと主張している。
スティグリッジが主張しているのは、まさに「市場の失敗」に他ならない。先進国が政治力を発揮して、自分たちの都合のいいルールを作ったりするのを止め、もっと適切なルールをグローバル経済に導入すれば、現在の格差は最終的に解消するというのがスティグリッジの考えである。同署の巻末にあげられた文章をここで引用してみよう。
「世界の大多数の人々は、現在までのグローバル化の手法を、悪魔との契約だと捉えているに違いない。恩恵に浴すのは一握りの富裕層だけ。これはグローバル化のあるべき姿ではない。金と力を持つ人々のためではなく、最貧諸国を含む全世界の人々のために、我々はグローバル化をうまく機能させることが可能なのだ」この文章からすると、どうやらスティグリッジは「グローバル資本主義によって資本の最適配分は十分実現可能なはずだ」と本気で信じているようである。
しかし、果たしてそうなのだろうか。今の状況は決して資本主義のあるべき姿ではなく、グローバリゼーションが正しく機能するようにすれば「見えざる手」が働き、万事は解決するのだろうか。残念ながら。スティグリッジの見方にはいささか問題があるように思われる。すなわち、世界中でグローバリゼーションが急速に進展していく中で格差が拡大していくのは、市場の失敗というより、むしろ、グローバル資本主義そのものに内在している本来的な機能ではないかというのが私の見方である。
収穫逓信型産業が景気を牽引した
この十数年に及ぶ夢のような経済発展を牽引したのは、アメリカ金融資本だった。もっと詳しくいえば、アメリカ東海岸ウォールストリートの金融業界とアメリカ西海岸シリコンバレーの情報通信産業だった。金融もグローバル化にはうってつけの産業である。これらの産業は製造業や農業のように、特定の土地に縛られることもなく、ビジネスチャンスを探り当てては国境をいともたやすく越えて活動できる身軽な産業である。
同時に、地道に努力してコツコツとよいものを作るといった動きの遅い製造業と異なり、頭脳的なエリートがイノベーションによってこれまでなかったようなユニークな商品を開発し、それによって世界のマーケットを一挙に手にすることができる収穫逓増型産業である。収穫逓増型とは、マーケットの規模が大きくなればなるほど、利益率が高くなる産業のことであるが、金融も情報通信産業も基本的に原材料を必要としないから、その傾向はさらに強固なものになる。基本となる商品設計さえ優れていればそれがグローバル・スタンダードになり、たちまちグローバル・マーケットを手にすることができ、うまくすると無限大の利益にもつながる夢のような産業なのである。
とくに、金融とITが結びついた金融工学の発展により、数々の新しい金融商品が生まれた。その多くは、安い金利で調達した資金を何倍にも膨張させることができるレバレッジ経営を可能にするものであった。サブプライムローンはその代表的な例である。サブプライムローンとは、信用力の低い、往々にして返済能力がないような低所得層の借り手を対象とする住宅ローンである。信用がないのだから、当然金利は高くなる。しかし、金利が高くてもそのような人達に住宅ローンを組ませる巧妙な仕組みがあった。すなわち、当初、2〜3年は元金・金利返済が極めて低位に抑えられ、以後、返済額が急増するという内容のローンにしたのである。当然、借りるほうからすれば、将来の支払金利が10%も超えるような金利の高いローンは敬遠したくなるが、それでも借りてみようと思わせる巧妙な仕組みがあったのである。
なぜ、人々はサブプライムに騙されたのか
その一つは、アメリカにおける住宅ブームである。今回のクラッシュが起こる前までのアメリカの住宅市場はバブル状態で住宅価格がどんどん上昇していた。そこで業者は次のような言葉で低所得者を説得したのである。「将来の返済金利が高くなることをご心配なんですね。大丈夫です。金利が上がる3年先、4年先には、お買い上げいただいた住宅の値段はかなり上がっているでしょう。その価格が上がった住宅を担保に借り換え(りファイナンス)されればよいのです。そうすると、あなたが支払う金利は、担保となる住宅価格が十分上がっているのでサブプライムではなく、プライムレート(優良貸出先に適用される安い金利)になるでしょう。将来を見通しても、アメリカでは住宅価格が上昇し続けると見込まれますので、必要ならばさらにりファイナンスすることで、きっと貴方様には今後ともいっそう豊かな生活が保障されることでしょう」
しかし、それでもまだ慎重な顧客がいたら、次のように言う。「それでも何らかの事情で借金の返済ができなくなった場合などです。そうなって返済計画に無理が生じた場合には、購入された住宅を手放していただくことになりますが、その時の住宅価格がどれだけ値上がりしていようとも、それですべての借金は返済されたものとみなします。(このようなローンをノンリコースローンという)ですから、最悪の場合でも、お買い上げいただいた住宅さえ手放していただければ、債務は一切残らないということになります。ですから、心配ないのです。それより、これまでの推移を見ていただければ、これからも住宅価格が上がり続けることは間違いありませんから、ご心配は無用というものです」
このような甘い誘惑の言葉に多くの人がサブプライム・ローンに手を出し、住宅を購入したわけだが、これによって確かにアメリカの住宅需要は増え、現実に住宅価格を引き上げることになった。また、低所得層の持ち家保有が進んで、建築のみならず自動車や家具などの需要まで増えたので、アメリカの景気持続に貢献した。
結果的に見れば、サブプライム・ローン業者のセールストークは、一時的にせよ的中したことになる。バブルは、このような「予言の自己実現」的現象によって維持されたものであるが、今回もその例外ではなかった。かくしてローンの借り手たちは「夏の夜の夢」に酔ったのだが、住宅ローンを貸し出す側はきわめて現実的であった。彼らは貸しだしたローン債権を手元に置かないで、即刻、銀行や証券会社にそれを売却し、現金化した。リスクの高い住宅ローンの貸し出しをしても、すぐにそれを他の金融機関に売却すれば、彼らには滞納リスクや貸し倒れリスクは発生しない。その結果、モーゲージ・カンパニーの貸し出しは、甘いリスク判断によるものになった。
さらに、サブプライムローン債権を住宅ローン会社から買い取った金融機関はそれを証券化した。証券化とは再建のかたまりを分割し、小口の金融商品(証券)に変えてマーケットで売り出すやり方のことである。しかし、実際の仕組みはもう少し複雑である。サブプライムローンはもともとリスクが大きい商品なので、小口に分割したからといってリスクがなくなるわけではない。リスクが大きいと認識されるとマーケットではなかなか良い値段では売れないことになる。
そこで、商業銀行や投資銀行はサブプライム・ローン債権のリスクを見えなくするために、他の優良な証券化商品、例えば、国債や超優良会社への貸し大債権、社債などとサブプライムローンから証券化された商品を混合させた新たな金融商品を作りだしたのである。これをCDOと呼ぶが、CDOのミソは、サブプライムローンのリスクを優良証券化商品と混ぜ合わせてしまうことで、サブプライムローンのリスクを見えなくするという点にあった。
『資本主義はなぜ自壊したのか』 中谷巌
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