加藤のメモ的日記
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2013年08月03日(土) 父・金正日と私 ��

金正男独占告白

核保有国の理論

2010年12月25日
―こんにちは、私も同感です。日朝関係が一日も早く正常化されることを願っています。ところで、なぜ北朝鮮は軍事重視の強硬路線を捨てないのですか。

2010年12月26日
正男 現在北朝鮮が軍事中心で強硬な姿勢に見えるとおっしゃいましたが、全面的に正しい言葉です。それでは北朝鮮がなぜこのように強硬な姿勢をとっているかを探ってみる必要がありそうです。北朝鮮は地政学的に、列強に挟まれて今まで生存してきた政治システムとみるのが正確だと思います。その間、北朝鮮の人達の心理の中に葛藤と不信が根強くなったといっても言い過ぎではないでしょう。北朝鮮は自らのシステムを守るために核に固執することで、北朝鮮だけが核を持つことができないという、不思議な国際社会のルールに挑戦していることへの理解が必要だと考えます。


毛沢東でさえ世襲せず
 
―昨年中国と北朝鮮の間に活発な交流がありました。今後中朝関係はどうなるんでしょう。

正男 北中関係は昨日、今日の話ではありません。今後もよい基調を維持するでしょう。あなたがお話しされたように6.25つまり朝鮮戦争を共に越えた。この過程で言葉通り血盟関係を維持してきたといっても過言ではないでしょう。その関係が今後も持続すると思います。

―社会主義と権力の世襲は矛盾することではないですか。

正男 中国では、毛沢東首席でさえ世襲をしなかった。そのために発展したいってもいいでしょう。世襲のため、逆に北朝鮮は国力が落ちてしまうとの懸念もあります。三代世襲は社会主義理念には合わないと、私は以前も指摘した。そういう選択をしたのは、北朝鮮としても特徴的な内部要因があったと思います。そういう要因があったため、内部の安全と順調な後継を実現するため、三代世襲を行なうしかなかったのではないですか。何よりも重要なのは北朝鮮の内部の安定でしょう。そういう理由で北朝鮮が三代世襲をしたなら、そうするのは北朝鮮としての役割でしょう。

―ただし、それによって、後継者の正恩氏への反感を持つ人間が増えないですか。極端な場合、世襲反対のデモが起きたりしないか私は心配していますが。

正男 どこのシステムにも反対勢力はいると思います。反対勢力が多数なのか少数なのかが問題でしょう。個人的な考え方ですが、三代世襲といっても、潤沢な生活のために努力すれば、そして結果が良ければ反対勢力も減るだろうと思います。

―中国は三代世襲を賛成はしないが、内部的安定のため、受け入れたということなんでしょうか。

正男 中国は、他の国の内政に干渉しないのが原則だと思います。世襲を認めたというより、北朝鮮が自分自身で選択した安定的な後継構図を支持したというのが正確でしょう。

2011年2月23日
―北朝鮮で、自由にインターネットを見る人はどんな人たちですか?聞いたところによれば、お父様は毎日見ているそうですが。

2011年2月23日
正男 北朝鮮では、一部の人間が自由にネットに接続できますが、海外では事情が違います。原則的に海外に公務員を含む、常駐する北朝鮮の人間は、特別な人員以外には、インターネット接続をしてはいけないと規制していますが、実際は統制する方法はないのです。家庭の電話線にモデムを連結すればインターネット接続が可能なためです。だから皆インターネットに接続して見ているのでしょう。北朝鮮と国境を行き来しながら、事業をしている北朝鮮人もまず国境に到着すればいちばん最初に走って行くところがネットカフェであるほど、北朝鮮人らは外部の便りに敏感です。深刻な情報統制が北朝鮮人らの情報を獲得したいという渇望を刺激していると考えます。

2011年3月2日
―今、北京ですか。お父様と国内を旅行にったり、ともに外国に行ったことはありますか?食事など一緒にしておられますか?お父様は酒が増え、よく飲むといいますが正男氏が見るには、健康状態はどうだったのですか?北朝鮮ロイヤルファミリーの生活を私が想像できないためです。

2011年3月2日
正男 私は父上と外国にともに行ったことはありません。北朝鮮に住んでいたとき、国内を共に旅行したことはあります。食事はいつも一緒にしました。しかし、盆と正月を除いた、普通の日に酒を飲む姿を見たことはありません。今日もよい一日になりますように!  


父親が普通の日に酒を飲む姿を見たことがない、というのは意外だった。巷間、「金正日は無類の酒好き」「不摂生がたたって体長を悪化させた」と報じられているからだ。私は続けて、正男氏の母・成恵琳氏にも聞いてみた。彼女は別の男性と結婚していたが、金総書記に見染められて、再婚。正男氏を産んだ。夫の浮気で精神的に苦しみ、ロシアの病院に入院し、2002年5月にモスクワで死去した。正男氏はモスクワに母親の墓地をつくっている。



『父・金正日と私』 五味洋治


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