加藤のメモ的日記
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2013年07月22日(月) 植物と話がしたい ��

後日談 その三

下鴨神社の立ち入り禁止の森林を計画する実験は、下鴨神社の実験が終わってからすることになった。しかし私は最初に木戸から覗いた時に、中の空気が重くて嫌な気分がしたと前に述べたように、どうしても気乗りしなかったのである。実は覗いている時に、ジンマシンみたいに毛穴が膨らんできて気持ちが悪くなったからである。三輪教授には仕事の都合で実験に参加できないと断りを入れて、ひりだけ一日早く帰郷してしまった。

二日後に三輪教授から電話があり、研究室で会いたいと言うので出かけてみると、三輪教授は全身に発疹が出て顔まで膨らんでいる。私は内心「残らないで良かった」と思ったのだが、そうも言えないので心配そうな顔だけしてみせた。三輪教授は体をボリボリ掻きながら、立ち入り禁止の森林で取り込んだデータがコンピューターの入っていないと言うのである。実は入っていることは入っているのだが、入力オーバーのような状態で何も記録されていない。

この実験のコンピューターを担当した柳原氏は、生体電位の計測機器の開発論文で博士号を取った天才人物だから、とても彼のミスとは考えられない。柳原氏は計測中には何も問題はなく、普通の状態であったと言う。三輪教授と柳原氏と私は、この実験はここですべて打ち切ることにした。どんなに考えても理解できない現象にぶつかった時には、そこで打ち切るのが最善策だというのが、何回かの実験で知った知恵であったからである。

京都は古くから戦いの場であった。その中にあって立ち入り禁止の場があるのは、必ずそれなりの理由があったからに違いない。それが「古墳」であったり「埋蔵」であったり、「処刑」であったかもしれないが、人に立ち入られては困る理由があるから長い歴史の中で立ち入り禁止区域とされていたのであろう。計測データが消えてしまったことも、三輪教授が体調を崩したことも、私が空気の重さを感じて実験に参加するのが嫌だったことも、この歴史の推察とは何の関係もない。

(京都の戦乱 戊辰戦争 応仁の乱 保元・平治の乱 南北朝の動乱、本能寺の変、山崎の合戦、宮本武蔵と吉岡一門、新撰組の詰め所があった)

これは偶然の出来事であって結論を出すようなことではない。ただ植物の実験を20年してきて、このような結論が出せない奇妙な出来事が数多くあり、そういうことも含めて植物との付き合いだと思っているからである。これとは別の話として、戦いの場であった京都にはいろいろな逸話が残っている。横尾忠則氏はホテルで夜中に武士の訪問を受けたそうだし、日野照正氏はやはり夜中に武士が馬に乗って駆け抜けていったと私に話してくれた。

ブナの木には心がある

ブナ林に入ってみると、ブナの木はそれぞれが一定の広さを確保して生きていることがわかる。このスペースにはさまざまな植物が共生しているが、ブナの子供はこのスペースの中では芽を出すことができない。乱立すれば水不足や光不足で全体が生きていけなくなることをブナの木は知っているからかもしれない。しかしブナは子孫を残す。それは自分が死ぬときに枯れた自分の身体を養分にして、一本だけ子供に芽を出させる。これが育って次の世代のブナ林を引き継いでいくのである。

ブナの葉は枯れ落ちると水分を吸収する特性があるので、この枯葉が数年堆積すると湿地帯のような土壌ができあがる。この土壌は他の植物にとっては絶好の土壌だから、さまざまな植物が所狭しと芽を出し、山菜採りの時期には山菜の宝庫と呼ばれるようになる。自分の子供の芽を出させないブナは一見、身勝手で冷たい木という感じがするが、これは全く逆で、周囲の植物には実にやさしい心遣いを見せる。

春が来て他の樹木がみんな緑の葉を繁らせても、ブナの木はじっと我慢して葉を広げない。葉を広げないから下の土壌には光がよく当たり、他の植物たちは順調に育ってくる。最後の段階まで来ると、ブナの木は突然のように葉を広げる。だからブナ林はごく短い期間で緑の森に姿を変えるのである。ブナは寒地の山に多いから、場所によっては1年の半分を雪の下に埋もれて木が少なくない。そうなると残りの半年で次の年を越すための養分を蓄積しなければならない。ところがブナはその半年で貯めた養分を、自分のためだけではなく多量に地面に戻してやるのである。この養分の恩恵に浴するために、他の植物は競ってブナの木のまわりに集まってくるのである。

この全く逆の例としてはスギ林がある。スギは養分を大地にあまり戻さないし、水を蓄積する土壌をつくらないから、大雨が降ると洪水を起こし日照りが続くと渇水を招く。そのうえ根から毒を出し、それが川に流れるので、スギ林を持つ川には魚類が少ない。だが、人間が木の品質を定める基準は木の行為ではなく、その中身である。それが人間社会にとって有益ならば良い木で、無益ならば悪い木である。だからブナのように水の吸い上げが多い木は伐採後の乾燥がうまくいかず、材木にした時に狂いが生じるために悪い木とされている。日本でも炭を多用していた時代には、ブナは切られるためにある木のような感があったが、最近はあまり切られることもなく保護林として数カ所が残されている。


『植物と話がしたい』 神津善行


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