加藤のメモ的日記
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| 2012年05月23日(水) |
不可解な電波(20) |
1968年、英国のムラード天文台の宇宙用受信機が、一定の間隔をおいて規則正しく入ってくる電波信号をキャッチした。方向と距離を探ると、これは地球上から発信されたものではなく、人工衛星の通信でもなく、約2000兆キロ(211光年)離れたところから出ていると判定された。こういう現象は自然に起こることもある。自然な爆発の副産物として、光や電波や放射能を出す星はたくさんある。しかし、それにしては規則正し過ぎだ。だから、同天文台のマーチン教授は「太陽系の外の知性を持った存在がこの電波を出した可能性もあるかもしれない」と発表した。
ムラードだけではなかった。グリーンスパン天文台も‘60年、エリダヌス座とクジラ座の方から飛び込んできた信号めいた電波をとらえた。どれも自然現象が、地球上の電波がはね返って来たのだろうとされている。しかし、ほんとにそうだったのか、はっきりしたことはまだわかっていない。それらは一時途絶えていたが、‘80年代前半からまた時々キャッチされるようになり、何かを呼びかけているとも思われるが。正体は依然不明である。
フォボスとダイモス
ギリシャ語で「不安」と「恐怖」を意味する星。どちらも火星のすぐまわりを回っている。つまり火星の衛星だ。二つとも非常に小さいため、長い間発見されず、1877年、当時の最新式の望遠鏡で初めて見つけられた。ところが、実に厄介なことに、その150年も前、イギリスの作家スイフトは『ガリバー旅行記』の中で、このフォボスとダイモスのことを書いている。主人公のガリバーが「ラピュータ」という不思議な国に流れ着いた。その国には優れた天文学者たちがいて、「火星には二つの衛星がある。火星からの距離は……」と教えてくれたというのだ。それらは現在の観測データとたいへん近かった。
このことは、トプカピの地図を思い出させる。あれと同じように大昔、誰かが宇宙を飛んで、火星のまわりを詳しく観測したのではないか。又はその頃、誰かが現代と同じような高性能の望遠鏡をすでに使っていたのではないか。ちなみにプレインカの遺跡からはレンズが発見された。そんな知識が古文書か何かに残り、スイフトはそれを知っていたのではないか。
失われた第五惑星
この星は火星と木星の間に、かって確かにあった。これは想像ではなく、近代の天文学が確かめた事実である。最初、この事実に気づいたのは、18世紀ドイツの天文学者ボーでだった。かれは先輩ティティウスの理論にもとづいて星空を調べ、太陽とそのまわりの惑星たちが、神秘としかいいようのない法則で結ばれているのを突き止めた。例えば、太陽に一番近い水星は、太陽から約6000万�厠イ譴織魁璽垢魏鵑辰討い襦�次に太陽に近い金星は、太陽から約1億キロ、水星よりも1倍半遠いコースを回っている。
むろん、どの星ももっと太陽に近づくことも遠ざかることもあるが、平均すればだいたいこのようになるのである。ボーではこれを精密の測定した。太陽から水星までを4とすると、金星までは7、地球までは10、火星までは16。こんなきちんとした秩序で太陽系はできあがっていたのだ。しかもボーではもっと大変なことに気づいた。火星と木星の間が離れすぎているのだ。太陽から火星までは2億3000万�劼覆里法�太陽から木星までは約8億�劼發△襦8�式にあてはめれば、もう一つ大きな惑星が回っていなければならない。
当時は誰もがこの仮説を笑った。いくら望遠鏡で眺めても、そんな大きな星なんてそこにはなかったからだ。だが、1801年、イタリアのピアッチがそこに一つの見慣れない星を見つけた。それは直径800キロほどの、月の4分の1ぐらいの星で大惑星とはいえなかったが、まさにボーでの公式から割り出されたピタリのところを回っていた。多くの学者がこれに刺激され、観測と取り組んだ、すると、ピアッチの発見した星のまわりに、もっと小さな星が無数に散らばっていることがわかった。直径3〜400キロの星が3つ、数キロから酢10キロの星が数10個、それ以下の星が約2000個、ほかに数えきれない小さな岩のかけらも見つかった。
それがもともとそうだったとは、形から見ても他の惑星とのバランスからいっても、到底考えられなかった。おそらく、大昔、何かの理由で大きな星が爆発し、あるいは星同士が衝突したくさんの星くずになったのだ、としか考えられなかった。いまでは、それらの主なものに、セレス、アキレス、ヘクトル、パラスジュノー、ヴェスタといった、ギリシャ神話の登場人物たちの名前がつけられている。これらをひっくるめて、「失われた惑星ナンバー・ファイブ」(水星から数えて5番目のところにあったから)、または、「小惑星帯」(アステロイド)と呼んでいる人達もいる。
それがいつ、なぜ爆発したのか、もとの星はどんな星だったのか、今の人類の学問ではわからない。しかし、地球の隣の隣に、かってそれが輝いていたことだけは確かである。最近では、それはもともと一つの星だったのではなく、数個の星がグループになって回っていた。それが何かの異変かアクシデントで、砕けて数10個になり、さらに砕けて数100個から数1000個になった、と考えられている。
『宇宙人謎の遺産』
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