加藤のメモ的日記
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| 2009年12月23日(水) |
中国のタブーなき国家体制 |
●急速に膨張し続ける隣国・中国の“タブーのない国家体制”
そのデータを知った時、私は時代がことりと音を立てて動いた気がした。おととしの暮れの時点で、中国人が初めて在日外国人の最多を占めたのである。それまでは「在日」とさえ言えば、在日韓国・朝鮮人を指してていた。ところがそうとは言えない時代が到来したのである。一説によると、東京で百人いれば一人は中国人の計算になるそうだ。
こうした変化を中国の「全球化」がもたらした現象の一つとみなす。『強欲社会主義 中国 全球化の功罪』には、例えばアフリカにはすでに200万人もの中国人が移り住んでいるという、アフリカにとって中国は最大の経済パートナーで、中国も原油の3割をアフリカから輸入するようになっている。「全球化」とは「国際化」のことだ。
しかし「国際化」の意味が日本とはまったく異なると著者は言う。中国にとって国際化は外国に出て行ってそこの基準に自分を合わせることではない。中国の価値観を国際基準に溶け込ませようとする。むしろ国際基準を自分たちが使いやすいように変えてしまおうとする。「極めて積極的、攻撃的」なものなのである。
当然のことながら軋轢は絶えない。アフリカに限らず世界のいたるところで中国流の国際化は、地元からの警戒と反発を招いている。著者に言わせれば、おおもとには現在の中国の「国家エゴと国民の欲望を満たすためにはタブーのない国家体制がある」著者はそれを「強欲社会主義」と呼ぶ。
中国社会のすさまじいまでの格差社会も、儲かるためなら何をしても良いとする拝金主義も、人の命を平気で軽んじる昨今の風潮も。しかし日本経済はもはや中国なしには立ちゆかない。外交面でも軍事面でも中国の圧力と直面する機会は増えていく。「中国との付き合い方が、国の命運を決める時代」とまで著者は言いきる。
一方1989年の天安門事件以降、本質的な政治改革への道は閉ざされたままだ。特権階級化した共産党幹部に対する農民らの怒りは烈しく、各地で騒乱やデモが頻発している。党内に巣くった利益集団を指導部がコントロールし、富の再配分ができるかどうかにかかっているが見通しは明るいものではない。
農民たちは国を信じず、隣人を信じず、未来を信じなくなっている。もはや農民たちが信じられるのは目先の金銭だけ、という荒涼たる拝金主義がはびこっているのである。著者は農村からの帰途、国家安全局に一晩拘束されたり、病院での輸血によりエイズに感染した農民たちと同じベッドで寝起きしながら、地道な調査を進めていく。
そこで見聞きした彼らの窮状が本書ではつぶさに描かれている。卑近な例で言えば、悪代官に苦しめられる江戸時代の百姓か、あるいは奴隷制時代のアメリカ南部でリンチにおびえる黒人の姿か。それが21世紀の今、隣国で起きている現実なのである。
中国では自殺者も急増している。年間平均自殺者数は10万人中23人にのぼり、日本の自殺者とほとんど変わらない。ということは、1年におよそ30万人もの人々が自ら命を断っていることになるのである。かくして内部ではのたうちまわりながら、外部にはそれをひた隠ししつつ、急速にのし上がってきた大国とどう接するのか。安易な“中国脅威論”や“中国崩壊論”に流されず、地に足をつけて隣国を見つめなおす時期が来ている。
『強欲社会主義』『中国問題の核心』『貧者を食らう国』
週刊現代
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