加藤のメモ的日記
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| 2009年11月14日(土) |
いのちを見つめて(1) |
…ある日、医局で雑談をしていると、長生きできるかどうかは少なくとも両親の一方が長く生きていたかどうかによってわかる、といった話題になった。
…しかし患者は治療のプロではない、命が患者本人のものであり、命に関わる治療の選択権、決定権は本人側にあると考えること、そのこと自体は正論で、異論の余地はない。ただし、知識や情報を得ることと、使いこなすことは別次元のことではないだろうか。
…恩師の趣味はテレビのチャンバラ劇であり、パチンコだった。日常からの脱皮、頭の切り替えだったのだろう。そしてもう一つの趣味というか「修行」が登山だった。寂しさを体得するのが登山の目的と聞いた。土曜ごとに、彼は一人で丹沢に出かけた、
「寂しくないですか」「寂しいさ。僕は寂しさを知るために山に上っているのだから。一歩一歩踏みしめて頂上まで登る。登り切ったら、あとは下るだけだ。人生に似ているだろう。だから、山を下りながら、寂しい、寂しい、人生はなんて寂しいんだ、と口に出しながら下りてくるんだ」
寂しさを知らずに医者は一人前ではないという信念、哲学のもとに早くも30代から訓練を重ねていたと言うから驚きもし、尊敬に値するのだと思う。若かった僕にはその意味がよくわからなかったが、そうやって寂しさを知ることで、患者心理を斟酌するにますます深みを増したのではないだろうか。
その恩師も齢80をこえられた。しかし、いまだに過去を振り返っちゃいかん、のだそうだ。つねに前進あるのみで、その建前は崩さない。僕らはいまだにあおられている。
現在でもそうだが医学教育は、治すための技術や知識、つまり治療が優先されている。死にゆく人や、いわば死なせ方については触れられていない。触れている余裕がないのが現実である。教育は「治療」精一杯の状況下で、予防医学ですらその重要性が問われだしてからそう時間がたってないのだ。「生命・生老病死」に関するもろもろの問題は、医学教育においても今後の大きな課題になっていくと思われる。
若い医師たちに尋ねてみると、一番の悩みは生命観の確立だという。脳死をどうするのか、末期医療、とくに悪名高き儀式医療といわれる治療をいったいどこまでやればよいのか。その判断が医師だけに委ねられてよいと考える医者もいない。やはり、だれもが納得し、信頼される医療でありたい。そのことが何にもまして大切だと思っているのだ。
30年、50年先のことはわからない。しかし、ぼくは医者を続ける限り、移植医療に参加しようとは思わない。現時点では、医療の使命は自然な死に方の延長線上にあると考える。
生体肝移植は二つの大きな問題を持っているともう。第一に、まだ実験医学であるということ、第二が報道のされ方だ。まず生体肝移植は、いまだ実験医学のレベルであって、医療とはいえない。働き盛りの親の肝臓を切り取っているわけだが、そのことによる現実のそして将来的な危険については現段階ではよくわかっていない。また、移植を受けた子供たちは一生免疫抑制剤を使い続けなければならず、その結果、感染に対する抵抗力は非常に弱くなる。もっとも、免疫抑制剤は脳死者からの臓器移植についても必要であり、薬そのものは次々によくなっていて、移植が広く実用化した背景には、その進歩があったことは事実である。
タバコと癌の因果関係はたしかにある。とくに食道、膀胱、肺についてはその率もぐっと高くなる。しかし、では同じ人間が吸わなかったために発病に短縮される時間といったら、実のところあまり関係ないという説だってあるのだ。
死はあくまでも生の延長線上の一時期ではないか。今元気溌剌の二十歳の若者もゆっくりと死につつある。結論からいうと、僕は一般病院での最期を望む者である。畳の上ではとはいわない。核家族が多い現実、ある程度の医療が生活の中にとけ込んでいる以上、それは現実離れした考え方ではないだろうか。
…それに内緒話をすれば、この種の出戻り患者さんの到来はナースたちのアレルギー反応を呼ぶ。なぜか。ナースとて人の子。治療の延長線上の死は自然に受け入れられるが、純然たる最後、死だけを看取ることは抵抗があり、葬儀屋じゃないという過激な言葉も出るのだ。
…「母は楽しむことの名人ですから、病院のベッドにも幸せがあるそうです」
『医者が癌にかかったとき』 竹中文良
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