加藤のメモ的日記
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2009年09月27日(日) 輪廻転生

ラビー・ジャンカー(男・26歳)はインドでは珍しい大学卒の知的な青年である。だが、4歳のころにはもう、自分の生まれたサラリーマン家庭になぜか違和感を感じていた。……そして、八歳のある日、急に胸にひらめくものがあり、ほとんど無意識にこう口走った。

「僕は、本当は床屋の子だ。ムンナっていうんだ。お父さんはブラサド、この町にいるはずだ。それに僕は六つの時、首を切られて殺されたんだよ。場所はチンタミュ寺のそばの崖っぷち。犯人はチャトウリってやつだ。そいつの顔、僕はよく覚えている。」

聞いた人たちは驚愕した。彼のいうとおり、十年ほど前にチンタミュ寺そばで床屋ブラサドの息子が殺され、そのまま迷宮入りになっていたのだ。急報がプラサドへ。床屋はびっくりして駆けつけた。「お父さん!」ラビーはすがりついた。彼の語る前世の詳細は、全部プラサドによって裏付けられた。前代未聞のことだが、人々はこのラビーの記憶にもとづいてチャトウリという男を告訴した。

数十キロ離れた町にいたチャトウリは逮捕され、犯行を自白した。だが、物的証拠は何もなかった。裁判所はやむなく、そんな前世の記憶などというものを証拠にするわけにはいかないと、と判断、チャトウリに無罪を言い渡した。チャトウリはしかし、なぜか逃亡した。その後はラビーの記憶も次第に薄れ、今は技師として幸福に暮らしている。だが今でも時々床屋の息子だったころの思い出、恐ろしい事件の記憶がよみがえり、夜中にうなされることがある…。

―以上だ。状況は様々だが、ここに紹介しなかった例を含めて、意味するところは全部同じだ。バージニア・チームはこれらをまとめ、1973年、東アメリカの研究者を集めたボルチモアの精神医学会議でも発表した。次のような慎重な結論を加えて。

「生まれ変わりといわれる例のほとんどは妄想かインチキである。しかし中にはこのように、生まれ変わりを前提にしなければ、どうしても解けない少数の例もある。ごく少数とはいえ、そういう例が発見された以上、我々は科学調査隊としての良心にかけて、批判を覚悟でこう推定しないわけにはいかない。生まれ変わりという現象は、それが存在しない可能性よりも、存在する可能性のほうが極めて大きい」と。

……………………

催眠という科学的方法によってさえ、しかもアメリカでさえまだ、ルース、ノーバートの二例しか見つかっていない。それがインドではなぜ二十例も見つかったのか。生まれ変わりという現象は、国によって多かったり少なかったりするのか?スティーブンスン博士が、これに答えた。もっともな疑問だ。と認めながらも博士は鮮やかに切り返した。

インドでの調査で前世の記憶を持っていたのは、ほとんど子供だけだった。調査の時点では大人でも。前世の記憶を口走って周囲の人々を驚かせたのは、みんな幼いころだった。つまり、人間は幼いころ、とくに2,3歳から6,7歳ぐらいまでの間に、何かのきっかけで前世の記憶をよみがえらせる時期があるのではないか。

むろん、記憶の強弱はあろうが、相当数多くの子供たちがそういう体験を持っているのではないか。ただ、欧米などではそれは、子供のたわいない幻想として見過ごされる。子供のほうも文化的なパターン化された思考、外部の刺激の中にどっぷりつかってしまうために、せっかくの記憶もすぐ消えてしまうのではないか。

だからこそ、欧米では逆行催眠などといういわば強制的なやり方で、埋もれた記憶を引きずり出さねばならないのだ。しかしインドでは、子供のその種の不思議な現象を親が無視せず、まともに取り上げるため、記憶が一層はっきりあぶりだされることになるのではないか。



『カルマの法則』


加藤  |MAIL