加藤のメモ的日記
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エジプトで発掘調査にあたる考古学者の間には、「ファラオ(古代エジプトの王)の呪いに注意せよ」という暗黙の教訓が伝えられている。たとえ研究目的のためとはいえ、王の墓をあばいた者は安らかな死を迎えられないというのである。ほぼ完全な状態で発見されたツタンカーメンの墓は、彼の死後初めてあばかれたことになる。しかも、墓の入り口には、「墓に触れる者には死が訪れるであろう」という言葉がくっきりと刻まれていた。
そしてその言葉通り、呪いはまずカーナヴォン卿に襲いかかった。発掘の四ヶ月後成功を喜び元気いっぱいだった彼は突然全身をワナワナとふるわせ高熱にうなされながらあっけなく息を引き取った。57歳。まだ若い死だった。しかも、「彼の呼ぶ声が聞こえる。私は行かなければ」と奇妙なうわ言を言い続けたというのである。
呪いはこれだけではすまなかった。その数ヵ月後、今度はカーナヴォン卿の兄が突然精神錯乱で死亡。義母も虫刺されという信じられない原因で死亡。発掘時の助手を務めたリチャード・べセル、その父のウエストベリー卿、ツタンカーメン王のミイラのレントゲン撮影をしたサー・アーチボルト、棺の撮影をしたカメラマンのフランク・ロ−リーが相次いで事故死、発掘の先頭に立ったイーブ・ホワイトの自殺。
何とわずかな期間に発掘関係者の23人もが、黄泉の政界に引き込まれたしまったのである。さすがにこのような呪いに恐れをなした発掘者のハワード・カーターは新天地アメリカに移住、というより、逃げ出した。しかしファラオの呪いは国境など軽く越えてしまい、カーターはその数ヵ月後、アメリカで不慮の死を遂げている。
この後もさらに、ツタンカーメン展を企画した者が次々と急死していったのだ。
これほど多数の関係者が、発掘後ほどなく死を迎えたことはない。だが、記録に残っているかぎりでは、ツタンカーメン王の墓ほど完全なまでに発掘されたケースもないのである。ファラオの呪いは三千年の時空を超えて、効力をもつものなのだろうか。
「世界遺産 封印されたミステリー」
早稲田大学の教授が、ピラミッドの発掘を行っている様子がテレビで何度か放送されている。彼とその関係者には呪いは届いていないのだろうか。
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