加藤のメモ的日記
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妻をなくした大仲誠さんは、現行の死刑制度に行為をとなえる。「死刑判決が出ても執行の判を押せない法務大臣は失格です、死刑確定後、半年以内の執行という法律を大臣が破るのは職責の放棄ではないのか。刑の執行まで何年も、税金で鈴木を養うと思うと許せません。また、3人の命を奪いながら、贖罪の意識も反省の色もまったく見せない犯人を、なぜ弁護士はかばうのでしょうか。そもそも刑事事件の弁護士の仕事とは、被告に事実を認めさせ、更生を促すことじゃないのか。妻は鈴木に11箇所も刺され、殺されているんです。鈴木も弁護士もそれをわかって命乞いするのか」
久保田奈々さんの母、博子さん(51才)はこういう。「私は一時、鈴木の終身刑を望んだことがありました。なぜなら、娘と同様に病気で死んだり苦しんだり、生死の狭間で懸命に生きる世の子供たちの姿を見てきて、生きることの大切さを感じていたからです。でも、日本には終身刑はなく、死刑の次に重いのは無期懲役だと知りました。無期懲役はいずれ減刑され、社会に戻れることも知りました。私たちは娘に会えないのに、鈴木は長男と長女、二人の自分の子供に会える……。絶対に許せないと思いました。犯人には死刑しかありません」
私は遺族の悲痛な声を耳に残したまま、再び福岡県直方市にある鈴木の実家を訪ねた。これが3度目の訪問だったが、それまで父親の隣にいても顔を上げず一言も口をきかなかった母親が初めて話した。「事件の前から心臓が悪く、ニトログリセリンを常用しています。心臓が痛くなるとそのたびに『このまま心臓が止まってもいい、この世から消えたほうが楽だ』とずっと思ってきました。でも遺族の方々は私たちが死んでも許してはくれないでしょう。私は一生息子の罪を背負っていく覚悟です」
私は父親に鈴木の死刑判決についてもう一度尋ねた。父親は苦しい胸のうちを吐露した。「命だけは助けてほしいんです……。ただ、無期懲役ではいずれ息子は社会に出てくる。その時、面倒を見る我々はいないでしょうし、刑務所から出てきた人間を世の中の誰も相手にしないでしょう。生きるために息子はまた借金をして、追いつめられ同じことをやる。だから終身刑でも何でもいい、命を助けてくれれば刑務所からは一生出さなくていい」これが父親の本音だろう。
加害者家族もまた、出口のないトンネルを歩み続けているのである。父親に裁判員制度について聞くと、こう口を開いた。「裕福は家庭に生まれ、何不自由なく育ち生活している人たちに、追い込まれ罪を犯す人間の気持ちはわからんでしょう。生死を分ける死刑判決を、裁判員として何を基準に判断して下すのか、読み聞かされた裁判記録だけで判断ができるのかどうか、私には疑問が残ります」
一方、遺族の一人、久保田さんに裁判員制度について訪ねると、「遺族としての言葉とは違う」と前置きした上で、こう語った。「たとえ殺人者に対してであれ、死刑判決を下した、という事実は、罪の意識となって消えることはないでしょう」死刑と無期懲役判決との差はあまりにも大きい。裁判員は自らが下す死刑判決に確信が持てるのだろうか。市民が背負う責任はあまりに重い。
週刊現代 09/5/2
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