加藤のメモ的日記
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2009年01月05日(月) |
路上死者数百人の街(1) |
僕が釜ヶ崎の存在を知ったのはテレビ番組でだった。」1986年1月、ドキュメンタリー番組「中村敦夫の地球発22時」が釜ヶ崎を特集した。仕事を探す日雇い労働者、仕事がなくなったために真冬に路上で野宿している人たち、野宿の現場を回る「越冬」の夜回り、路上から施設に入所する人たちなどを放映していた。
番組を見ていると、日雇い労働者は病気や怪我、あるいは不況で仕事がなくなると収入がなくなって次々と野宿になっていく。そして、特に寒さの厳しい冬に多くの労働者が路上や運ばれた病院で死んでいく。こうして大阪市内だけで年間数百人が路上死していくという。
厚生労働省による2007年の調査によると、全国の「ホームレスの70.4%が仕事をしており、その主な内訳は廃品回収である。また各種の調査によると大阪市の野宿者の6割以上はダンボールや空き缶を集め、それを業者に売って生活している。アルミ缶は一個で二円だから100個で200円である。
大阪市内の野宿者数は大体6.000人と考えられるが、その6割以上がダンボールや空き缶を集めているということは、大阪市内はダンボールとアルミ缶集めで凄まじい過当競争を展開しているということである。近所だけを探していても奪い合いになってしまうので、野宿者の多くは歩いて、あるいは自転車でいける距離なら、競争相手の少ない場所を探して近畿一円どこにでも行く。こうして20キロメートル、30キロメートルという距離を一日かけて歩き続ける。
ダンボールやアルミ缶を集めるのは夜が多い。例えば真夏の炎天下で一日歩き回っていたら、多くは五十代である野宿者は下手をすると熱射病で倒れてしまう。そこで比較的涼しい夜に探しにいく。アルミ缶やダンボール集めは早い者勝ちの面があるので深夜と早朝に集める場合が多い。
そうして夜中に働いて昼間に公園などで寝る。それを見て地域の人は「ホームレスが昼間から寝ている。やっぱり怠け者なんだ」と思っているのかもしれない。こうしてダンボールやアルミ缶を一日に「大体、10時間ぐらい」集めて1.000円程度の収入を得る。自給で言うと100円ぐらいである。「足を棒にして」の大変な労働なのに自給が100円。誰でもこんな割の合わない仕事は好んでしない。しかし他に仕事がないからである。
大阪府立大学の研究によれば、餓死や凍死、又は治療を受ければ治る病気などによって路上死する野宿者が、大阪市内で2000年の1年間に200人以上いた。大阪市内の路上や公園などで遺体が発見されるか、病院へ運ばれた直後に死亡した野宿生活者が2000年で213人に上り、餓死が18人、凍死が19にんもあった。 発見の遅れも目立ち、高度腐敗、白骨化、ミイラ化が計33例あった。平均年齢は56.1歳で、最年少は20歳、最高齢は83歳。凍死、栄養失調による餓死を含む不慮の死以外の死は53人。自殺は52人、他殺は少年グループの暴行を含めて6人だった。研究者たちは医療を受けていれば命を落とさずに済んだケースも多いと指摘する。路上死が年間200人以上いるということは、毎日どこかで誰かが死んでいるということである。
36.5度―健康体・免疫力旺盛 36.0度―震えることによって熱生産を増加させようとする。 35.5度―恒常的に続くと排泄機能低下・自律神経失調症・アレルギー症出現 35度―ガン細胞が最も増殖する温度である。 34度―水に溺れた人を救出後、生命の回復ができるかギリギリの温度。 33度―冬山で遭難し、凍死する前に幻覚が出てくる体温。 30度―意識消失。 29度―瞳孔拡大 27度―死体の体温。
生田武志『ルポ最底辺』
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