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2005年03月17日(木) ■ |
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「柔らかな頬(上)」桐野夏生 |
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「柔らかな頬(上)」文春文庫 桐野夏生 北海道の故郷をカスミは捨てた。東京に出たきり、親には何一つ連絡していない。
「右の頬には真っ暗な海が発する大量の水の気配、左の頬からはこれも暗い原野の大いなる荒涼が感じられた。カスミはその両方から逃げなくてはならない、と必死に走った。」カスミは何から逃げたのだろうか。果たして逃げおおせたのだろうか。
カスミのデザイナーになる夢は奇妙に歪められ、版下工場の経営者と結婚し、二児を設け、生活に追われる。やがて愛人の北海道の別荘で娘が行方不明になる。事件は解決しない。娘の捜索がカスミの全てになる。
カスミは東京で何を得て、何を失ったのか。愛人との逢瀬で何を得ようとしたのか。娘の捜索の中で何か得るものはあるのだろうか。
並行してあと二人の男の人生が描かれる。カスミの愛人だった石川がヒモになっていく人生と、ガンで余命いくばくも無い元刑事の内海の人生である。この二人の名前は果たして偶然なのだろうか。内海の中にある「水」、石川の中にある「原野」の意味。カスミはこの二つから逃れようとして、逆にこの二人に近づいていってしまっている。のだろうか
物語はミステリーというよりか、『人生の意味』というひとつの暗い森の中に分け入って行っているように思える。森の出口は当然示されてはいない。
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