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2005年01月04日(火)
「12色物語」 坂口尚

「12色物語」講談社漫画文庫 坂口尚

12の「色」から触発された、坂口尚の短編集である。東欧、南欧、アメリカ、そして日本、と舞台は次々と変わる。扱う人間のタイプも実に様々。しかしまぎれも無く坂口尚しか描けないマンガの世界。アシスタントを使わない一本一本の線が、12の物語全体を通じて「生きる意味」を語る。
今回特に印象に残ったのは次ぎの5作品。この人の描く老人はどうしてこうも味わい深いのだろう。緑色の森が見事な生命賛歌になっている「朝凪」。最後から2ページ目のガラクタばかりの絵に見事にテーマが集約される「紫の炎」。父から貰った万年筆で少年は一本の線を描く。少年から大人へ。一本の線は大いなるボルガ河の紺色につながっていく。「万年筆」。才能の無いバイオリニストの物語。けれども彼はほかに道を見つけることが出来ない。この歳になってやっとこの作品の深さが見えてきた。寒く白い決意への道。「雪の道」「おれ、ときどき考えるんだ。太古の植物や恐竜が、地層の中で石炭や石油になったように、人間も圧縮され長い年月のすえ何か明確な有用なものになれたらってね…。」そう呟く男と、人生と山に迷いこんだ女子高生は果たして真っ黒い夜の中になにかを見つけることが出来たのだろうか。「夜の結晶」。

坂口尚の代表作を挙げよ、といわれると私は迷うことなくこの本を挙げるだろう。彼の真価は短編の中の一コマの絵の中でこそ輝く。この本は出来たら原稿と同寸の大判で復刊して欲しい。

24年前、手塚治虫の「ブッダ」が連載されていた「希望の友」が廃刊になり、新たに「コミックトム」という雑誌が創刊され、坂口尚のこの「色」からイメージされる様々なジャンルの連作短編が始まったとき、本屋の立ち読みではあるが「熱心な読者」として私は何度も何度もこの短編を読み返していた。当時、大なり小なりアシスタントを使ってのマンガが溢れかえっている中で、ここだけは背景の一本一本が作者自身が引いており、作者の詩情が一本一本に注ぎこまれている、これこそ本当のマンガだ、まだ若かった私はその純粋さを驚き「支持」していたのであろう。私は一筋の望みをもって書いたこの作品へのラブレターが当選し、その後描かれる長編「石の花」の主人公らしき男の肖像が書かれてある自筆色紙が届いた。流れるように描かれる一本の線が髪や顔の輪郭をつくっていた。いまだ私の宝物である。今回漫画文庫に入っていることを今更ながらに知り、急いで買い求めたのであった。