初日 最新 目次 MAIL HOME


読書・映画・旅ノート(毎日更新目指す)
くま
MAIL
HOME

My追加

2004年12月02日(木)
「パイロットフィッシュ」角川文庫 大崎善生

「パイロットフィッシュ」角川文庫 大崎善生
ある夜、41歳独身編集者の部屋に一本の電話がかかる。「わかる?」「ああ、わかるよ」19年間音信不通だった昔の恋人からの電話だった。それでも、その声を忘れる事はなかったのだ。主人公山崎の昔の恋と現在の状況が交互に描かれていく。

私は映画「千と千尋の神隠し」での印象的な言葉を思い出していた。「人は一度あったことは忘れないものさ。ただ思い出さないだけ。」山崎は昔の恋の全てを思い出していた。自分を哀しませ、鼓舞し、励まし、成長させてくれた言葉の数々。これはあくまで恋愛小説だと思う。しかし、それだけではない。出会いと別れが人生の中でどういう意味を持っていたか静かに語りかける小説でもあった。人は大事な言葉は決して忘れない。しかし、それだけではない。

私は聖という青年のもしかしたらありえたかもしれない青春のように読んでいった。聖は著者のデビュー作「聖の青春」で書かれた実在した夭折の名棋士である。聖は知りあいが阪神大震災で圧死すると入院するほど優しい神経の持ち主であったが、山崎も亡くなった飼い犬のために何日も鬱状態が続いてしまう。昔の恋人由紀子は「山崎君は方向音痴なのよ」といって付き合いはじめる。もし聖が一人部屋の中で目覚めたときに由紀子さんのような女性がいたとしたら、聖の青春は違ったものになったのではないか。著者は聖に対する鎮魂歌のつもりでこの小説を書き上げたのではないか。私にはそんな気がしてならない。