お正月の3日間、母はいつもテレビで駅伝を見ている。母は高校駅伝も見てるし、とにかく駅伝が好きだ。そしてよく選手のことを記憶していて、とくに高校駅伝で活躍した選手が次は箱根駅伝、そして実業団の駅伝と出ていることをわかっているのである。選手の紹介もよく聞いていて、オレに説明してくれるのである。
今日もテレビの前で編み物をしながら母は駅伝を視ている。昭和11年生まれの母はもう85歳になるのだが、背中も曲がってなくてシャキッとした姿勢で早足で歩くし、ご近所の方の内職の手伝いに行ったり、頼まれて一人暮らしのお年寄りのお世話をしに行ったりしている。頭もしっかりしていて、ボケ防止だと言って漢字のクロスワードとか数字のパズルで遊んでいたりする。さっきまで帰省中の孫と談笑していた。
母のテレビにはHDDを使った録画機能があったので、オレは500GBの外付けHDDを接続して録画できるようにし、その使い方を説明した。すると少ない容量なのにうまく工夫して映画を録画したり韓流ドラマを録ったりして楽しんでいる。見終わったものを消して容量を空けてはまた録画するという感じでしっかりと活用しているのである。
孫の一人が外国人と結婚してスイスに住んでるので、タブレットを使って時々ビデオ通話している。時々操作の仕方を質問されるが、LINEでのコミュニケーションがそれなりにとれているようである。
母は若い頃映画が好きで、休日にまだ幼稚園くらいだったオレを連れて映画館に出かけて洋画を観ていた。オレは母の横で字幕を読んでいた。ストーリーまで理解したわけではないと思うが。字幕の文字はちゃんと追えていたと思う。幼稚園の時にすでにオレはひらがなとやさしい漢字は読めるようになっていたからだ。今でもたまに母を映画館に誘うとすごく喜んでついてくるし、自分がどうしても観たい映画があると、母は電車に乗って天王寺まで一人で観に行く。我が家は最寄り駅からかなり遠いのだが、バスに乗ったり気分のいいときは2キロの道のりを歩いて帰ってきたりする。もちろんそんな時は「歩き疲れてヘトヘトだ」と言うけれども。一番近いスーパーは家から400mくらい離れてるのだが、そこまでなら普通に歩いて買い物に出かける。
よくお年寄りが押して歩いてるカートみたいなのを買おうとか訊くと、「あんなん押していたら年寄りに見えるからやめて」と言われた。杖もつかないし、いつも背筋をしゃんと伸ばして歩いているのである。ただ、家の中で母が使っている部屋は2階なので、階段を降りる時はいつも手すりをしっかりとつかんでそろりそろりと降りる。今は食事も自室で摂るようになったので、食べた後のお茶碗や湯呑を丸いお盆に乗せた状態で片手で持ち、片手で手すりを持って階段を下りてくるのである。
我が家の家事はほとんどオレと妻がしているのだが、母は洗濯の一部だけはしてくれる。自分の分と息子のオレの分だけは母が洗濯してくれるのだ。またきれい好きなので家の中で気が付いたところをせっせと掃除してくれるのだが、あとでオレが掃除しなおすこともある。力がないので窓なんかももう強くは拭けないのである。母が拭いてくれたリビングの大きな窓は、オレが持ってるクルマの窓用の洗浄剤を使って後からきちんと透明に拭き上げてやった。「おかあちゃん、ありがとう。後はやっとくから」と声を掛けるのだが、息子夫婦のためになんかしてやろうと思ってくれる気持ちが嬉しい。
母はマシュマロが好きで、乳ボーロやこんにゃくゼリーも好きだ。昼間はオレも妻も働いていて不在なのだが。買い置きのレンジで温めてすぐに食べられる赤飯がすぐになくなるのでよく食べてるのだろう。食欲のないときにもすぐに食べられるようにエナジーゼリーみたいなものも買い置きしている。風邪をひいて調子が悪いときは寝てるのだが、そういうときのためにエナジーゼリーを用意しているのである。リポビタンDのような栄養ドリンクは握力の落ちた母は自分で開けられないので、私が代わりに開けて飲めるようにして枕元に置いておく。
もうかなり高齢だからあと何年今のように元気でいられるのかわからない。以前に大腸がんの手術をしているせいかトイレも近くて、母と外出する時はいつも「トイレ行っとく」とオレは確認するのが習慣である。
若い頃にたくさん苦労した母がこうして穏やかな日々を過ごすことができていることでオレはちゃんと親孝行できているのだろうか。母が元気なうちにどんなことをしてあげられるだろうか。
昨年は京都・四条河原町あるお気に入りの「志る幸」という店に母を連れて行った。オレの妹もついてきた。ただ、母はご近所さんに配ると言って八つ橋などのお土産をたくさん買っていた。きっと「息子が連れて行ってくれた」と話すのだろう。今年も暖かくなればお花見とか連れていきたいと思っている。少し残念なのは、オレが母と二人でいるとよく夫婦と思われるのとである。店に入ると店員は母に向かって「お連れ様」ではなく、「奥様」と声を掛けるのである。
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