2021年11月08日(月) |
阪神はなぜ負けたのか? |
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CSのファーストステージで阪神は巨人に連敗し、今期の日程をすべて終えた。オレは矢野監督という無能な指揮官のせいで優勝を逃したと思ってるが、そんな指揮官ならばさらに短期決戦のCSで勝ち目はないわけである。たとえばCSで巨人に先勝されて追い込まれた2試合目、2点先取したがすぐに3点取られて逆転されたあとの4回である。ここで佐藤輝明が先頭打者として出塁した時に矢野監督は2番手投手の伊藤将司をいきなり代え、代打に糸井を送り、糸井は初球を打って内野フライで凡退した。一死一塁で回ってきた近本も簡単に飛球を打ち上げてしまった。1点差の4回でどうして伊藤にバントさせて佐藤輝明を2塁に進ませて1番の近本に回し、確実に1点を取りに行くという選択をさせなかったのか。
巨人は勝利を確実にするために4番の丸にもバントさせるのである。そこで意表を突かれた大山は内野安打にしてしまうのである。その結果として阪神は勝負を決定づける4点目を奪われることになった。
ヒットは出ても残塁の山になるのはなぜか。ただ打っていくだけという無策の結果である。前半戦で顕著だった足を使った攻撃も、シーズン終盤には中野以外走らなくなった。失敗を恐れて動けなくなったのである。選手と一緒に一喜一憂するのが矢野監督のスタイルだが、そんなことよりも常に冷静に戦況を見つめて最善手を繰り出すのが監督の手腕ではないのか。オレはそのことを強く感じたのである。
巨人監督の原辰徳と比較すると矢野ははるかに凡庸な指揮官である。前半戦は佐藤輝明の活躍で勝てたが、その後佐藤が打てなくなってもずっと打席に立たせ、連続打席無安打の記録を作らせた。これは何の罰ゲームだろうか。彼を精神的に追い込んで打てなくさせたのは実は矢野監督の采配なのである。阪神は早々と矢野監督の続投を決めた。これも間違った選択である。そんなことはシーズンの結果を最後まで見てから決めればいいのである。
もしも矢野に男のプライドがあるならば、愚かな采配でチームを優勝させられなかった責任を深く感じるだろう。潔く監督を降りるだろう。しかし彼はもしかしたら負けた原因すらわかっていないかも知れないのである。凡将とはそういうものである。敗戦の原因が自分の采配にあったことにも気づかず、ただチャンスで打てない選手のせいにし、効果的な作戦を何もしかけられずに原や高津に翻弄されていたことをどう思ってるのだろうか。それとも何とも思ってないのだろうか。
オレは矢野監督を全く評価しない。岡田以降の阪神の監督はダメな監督が続いている。監督が「勝負師」ではないのである。何をやってくるのかわからないというプレッシャーを相手に与えることができず、接戦を簡単に落とすのである。
前半戦で大きな貯金を作ってからの交流戦以降の阪神の戦い方はひどかった。それまでの積極野球は影を潜め、失敗を恐れて守ろうとする戦いに終始した。少しリードしたら後は投手リレーで逃げ切ろうとして、執拗に1点を積み重ねる戦いができなかった。そこで点を取りまくって相手のやる気を失わせてから佐藤輝明に楽に打たせてあげればもっと本塁打は増えただろう。しかし、接戦で「凡退してはいけない」というプレッシャーの中で余計に佐藤輝明は三振や凡打を繰り返すこととなったのである。
今年の野球は終わった。阪神にこのような優勝のチャンスが再びやってくることはあまり期待できないだろう。大山は4番打者の器ではないし、何より守備の弱さという問題点は昨年から何一つ解消されていない。セカンド糸原の守備範囲は極端に狭く、サード大山は送球が悪すぎる。中野はこれからもっとうまくなるかも知れないが、他は期待できないのである。
来年になれば観客も普通に入れることができるようになるだろう。今年の悔しさはもう忘れて、オレは野球に一喜一憂しなくて済むおだやかな日々を楽しもうと思う。
世の中に絶えて野球のなかりせばわれの心はのどけからまし
この「野球」の部分を「阪神」に置き換えてもいい。
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