2021年03月04日(木) |
市民のゼニはオレのもの |
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大阪・池田市の冨田市長が市庁舎内に自分用のサウナルームを設置したり、汗臭いタオルを市の職員に洗わせて問題になったが、そういう市長は日本中にいるのだろうか。少し前に公用車に高級車のテスラを買おうとして話題になった千葉県市川市の村越祐民市長も負けてはいないのである。テスラの件は市議会で否決されてなんとか食い止められたのだが、なんと自分専用のシャワー室を360万円かけて作らせていたのである。
このシャワー室は市長室からしか入れないトイレ内に昨年10月に設置されていた。新庁舎の整備費用の剰余金をあてていて、市議会にはその事実を報告していなかったのである。市議会では設置費と撤去費を市長が負担することを求める決議が可決された。まあ議員がまともだったからこの迷惑な市長の暴走は食い止められたわけだが、このような困った市長は全国にいるのだろう。
大阪にはろくに出勤もせず、たまに来ても公用車の中でタバコを吸ってさぼってる松井一郎という市長がいる。こいつはテレビに出て放言することを仕事だと勘違いしてるようで、こんな奴に税金から報酬が支払われるのが市民は憤懣やるかたないだろう。しょっちゅう公用車でスパに通っていた松井一郎は大阪市民からイソジン吉村と並んでスパ王松井と呼ばれている。
どうしてこのような金銭感覚の人間が市長になったりするのだろうか。彼らに共通するのは「自分本位」という価値観である。市民のために奉仕したいという高尚な動機の人間が政治家を志すのではなく、親が政治家だったから地盤を引き継いだとか、あるいは維新の会のような当選互助会をうまく利用して議員になれたとか、そういう連中が特権をフルに利用して、公金で贅沢しようとするからそうなるのである。
公金はあくまで公金である。それは自分だけで使うゼニではない。しかし、そうしたルールがわかってない人間が市長になると、まるで市の予算は自分の裁量で自由に使えるゼニだと思い込むし、そのゼニを住民のために使うなんてもったいないなどと思うようになるのだ。国政レベルでも麻生太郎なんていうのはその類である。
公金を自由に使いたいとか、支給されるゼニを自分のものにしたいとか、そういうクソみたいな動機の人間が選挙で当選する。当選したらあとは「自分は選ばれた存在だ」と変な勘違いをして私利私欲を追求する。そういう構図が日本の政治の中にはいくらでもあるのだ。
公金だから大きな金額の無駄遣いも平気である。数億、数十億という金額であっても自分が出すのではない。それは住民が税の形で負担するのである。そうして結果的に大きな不利益が住民に生じるのである。しかし、賠償に応じるような市町村長はいない。大阪市民の財産を何千億も府に献上した松井一郎は、その責任を個人的に問われることもなく市長の座に居座り続けている。ほんまに気分悪いのである。
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