2021年01月19日(火) |
サケは川で散乱する |
携帯用URL
| |
|
国語の試験で漢字の書き取り問題を出題するとする。その時に注意しないといけないのはどんな誤答が出るかということを事前に予測できるかということである。たとえば「産卵」という熟語を答えさせる場合にどんな問題文にすればいいのか。理想的な問題文はこうなる。
鮭が川でサンランする。 (「サンラン」)を漢字で答えよ。
しかし、この問題に対して少なからずの生徒が「散乱」という答えを解答欄に書くことになる。「産卵」という答えを思いつかなかったのか、全く意味を誤解していたのかどちらかだろう。
もしかしたら音だけを理解して「燦爛」という答えを書く生徒もいるかも知れないが、たぶんそれは頭がおかしいヤツである。なんでそんな難しい漢字を書けるのに「産卵」が書けないのかということで変態認定である。
また「散卵」「産乱」という答もごくまれに発生するわけだが、そんな熟語はない。「産卵」と書くのか「散乱」と書くのか、迷いに迷った挙句にそのまま混乱して答えてしまったという可能性がある。時として人は思ってもみない文字を自動書記してしまうものである。7割と言おうとして「ナナナナナ」と言ってしまうどこかの国の総理のように、ついうっかり手が違う文字を書いてしまうこともあるだろう。
しかし、問題文の設定に誤りがあればどうなのだろうか。
問題文:鮭が川でサンランする。
例文1:鮭が川にサンランする。
問題文にある場所を表す格助詞の「で」を「に」に変えたとしよう。すると例文1になる。もちろん例文1であっても「川に産卵する」という鮭の本能について述べた文であるわけで何も問題ない。しかし、例文1で「散乱」という答を書いた場合にそれを誤答にできるだろうか。
「鮭が川に散乱している」という状況はありえない状況ではない。ヒグマが川を遡上する鮭を食いまくって、食い散らかされた鮭の残骸がそこら中に「散乱」しているような光景は決してないことではない。つまり、「散乱」は間違いとは言えないのである。
そこで「産卵」だけを正解にしようとする採点者は「常識で考えろ」と主張するかも知れない。しかし、知床半島で暮らしている人にとってはヒグマの食い散らかした鮭の残骸がそこら中に散らばってるのはもしかしたら常識かも知れないのである。
そういうわけで、この問題文の格助詞「で」「に」の違いはとても大きいのである。両者にはどちらも「場所」を表すという共通の用法があるのだが、「で」には特に「活動場所」を表す用法があってこれは「に」にはない。「塾で勉強する」とは言えるが、「塾に勉強する」とは言わない。その違いである。正しい日本語が使えるということは、このような助詞の微妙なニュアンスまで間違わないということなのである。
今の小学校での国語の授業の中で口語文法というのはどの程度教えられてるのだろうか。小学校の教員の中で正しく口語文法を指導できるレベルまで理解してる人は何割くらいだろうか。
まだ教員になったばかりの頃、同僚の女性教諭の家に招かれてその母親と挨拶した。翌日、職員室でうっかり私は「先生のお母さんは美人ですね」と失言してしまった。「は」には主語の明示だけではなく「区別」の意味がある。「お母さんは美人ですね」という言い方は言外に「ところがあなたはそうじゃない」という意味を内包してるのだ。だからそこでは「先生のお母さんも美人ですね」と「は」ではなくて「も」を使う必要があったのだ。その瞬間の同僚の不愉快そうな表情をオレは今でも覚えている。
「鮭が川にサンランする。」という問題文には欠陥がある。「に」を「で」に変えるだけでその欠陥は解消する。日本語というのは実に奥が深いのである。
←1位を目指しています。
前の日記 後の日記