2020年10月21日(水) |
赤狩りの果てにあるもの |
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大阪市廃止反対という方向で自民党と共産党が足並みをそろえている。これに対して維新支持者は「自民党が共産党と組むなんて・・・」と批判をしている。敵の敵は味方ということは事実なんだが、共産党と組むのはそんなに悪いことだろうか。そもそも共産党というのはそんなにヤバい人たちなのだろうか。よいところもあれば悪いところもあると公平な目で見ればいいだけである。
共産党の悪いところは党のトップの批判ができないということである。そういう造反者は除名されてしまう。しかしトップが絶対的に正しいということはありえないわけで、時には間違ったこともある。宮本顕治が当時の党中央委員だった小畑達夫に対して「特高から送り込まれたスパイ」の疑いをかけて査問を行い、拷問の末に殺してしまった傷害致死事件があった。宮本顕治は傷害致死容疑でそのまま懲役刑を受けていたのだが、GHQの指示で政治犯を大量に釈放した時にどさくさに紛れて一緒に釈放されてしまい、その後国会議員になる。国会の予算委員会であの千葉のヤクザ、浜田幸一が「宮本顕治くんは人を殺しているのであります」と不規則発言したことはあまりにも有名である。
オレはその件に関して、共産党の熱烈な支持者に質問したところこのような答えが返ってきた。
「宮本顕治さんはそんな悪い人ではありません。それは共産党を貶める悪質なデマです。」
オレは毛沢東もスターリンもクソ野郎だと思ってるので、共産主義者のトップはたいてい悪い人間だという偏見を持っている。だから宮本顕治もそれほど良い人間ではなかったような気がするのである。そしてこのリンチ殺害事件の真相に関しては、その場に居合わせた袴田里見は共産党と除名された後に「宮本顕治のリンチによる殺人」であったことを語っている。
当時の共産党が特高警察による激しい弾圧を受けていたことは事実だし、その中で仲間を「査問」と称してリンチすることが起きたことも不幸なことではあるが事実だろう。そのことに関しては刑に服して罪を償うのが妥当である。仮にも人を殺した人間が自分のJ行為を正当化することはあってはならないとオレは思うのである。過失であれ故意であれ、殺したという事実は変わらない。それは上級国民の飯塚幸三に対しても言いたいのである。
さて、世間のいわゆる「赤狩り」というものはつまり、「共産党だから怖い」「共産党と手を組んでるからダメ」「共産党とは関わるな」というまるで共産党の方々をまるで人間ではない存在のように扱うことである。
オレはたまたま以前に勤務していた職場が共産党の巣窟(すくつではない)のようなところだったおかげで多くの共産党の方々と関わった。その中には変な人もいたが、人格高潔な立派な方ももちろんいた。共産党だからとひとまとめに否定するのではなく、共産党の中には良い人も悪い人もいるから個別に判断すればいいということであり、そこは一般社会と同じである。維新支持者も同様であるし、創価学会員も同じだと思うのだ。全員が悪いのは統一教会のような洗脳集団とか、ジャパンライフのような詐欺会社だけである。
維新は大阪市廃止反対派が増えてきたので焦ってきたのか、ここにきて共産党攻撃を始めた。「共産党が反対してるからダメ」「反対派はみんな共産党」「とにかく共産党はダメ」という感じである。そこに偏見に支配されて「アカは怖い」「アカは危険」「アカに関わるな」という価値観を持つ老人たちが迎合しているのである。
オレは党派とは関係なく人間を見ていきたい。その昔、吉井英勝という共産党の国会議員になったヤツが、あの小泉純一郎の郵政民営化選挙の時に河内松原の駅前で演説していた。「郵政民営化されれば、この駅前の郵便局がなくなります」と吉井英勝は大声でデマを飛ばしていた。オレはあきれて呆然としてしまった。郵政民営化の本質的な問題はそこじゃない。オレはその一件でたちまち吉井英勝はクソ野郎だと思うようになった。
しかし、吉井英勝は一方で原発の安全性に関しての質問をぶつけ、その質問通りに福島原発がメルトダウンしたわけで有名になっている。時にはいい発言もするが時には馬鹿なことを言う、それが人間でありオレもそうなのである。
宮本顕治も人を殺したことを認めて素直に反省すればよかったのに、あとで自分を正当化する嘘をつくからクソ野郎になるのである。
政府や維新による「赤狩り」の果てに来るものはなんだろうか本を焼く者は人を焼く。。不都合な記録を消す者はやがて不都合な人間を消すようになる。政権に不都合な人間はヤクザを使ってこれから消していくのだろう。たとえばオレなんかがすでに狙われていそうである。街でヤクザと遭遇したらとにかく逃げるしかない。
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