2020年03月24日(火) |
東京五輪延期の先にあるもの |
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東京五輪の延期が正式に決まった。これで日本政府は安心して武漢肺炎の感染者数の正確な数字を世界に発信できることになる。これまでは「わざと検査しない」という方法で少なく見せかけていたのだが、1年延期となると今度は「ちゃんと検査して撲滅する」という方向に転換することになるからだ。おそらく東京にはすでに1万人近い感染者がいるだろう。日本の感染者数がイタリアよりも少ないはずがないのである。
安倍晋三は、五輪延期によって自分の政治家としての寿命を一年先まで延ばせるということを考えた。自分のウソで赤木さんを自殺に追い込んだという事実によって国会で追及されても、「再調査はしない」と突っぱねた。彼にとっては「五輪延期=首相としての任期延長」みたいな感覚なのだろう。さっさと辞めてもらいたいオレにとってはまことに気分が悪いのである。
1年先の五輪のことを考えることができるのは幸せな人たちだ。すでに行われた選手選考の中で決まった代表選手の権利は尊重されるべきであるし、一年後にコンディションを崩していたり、選手としてのピークを過ぎていたとしても「代表選手」である。そのあたり、代表選考で落選した選手たちは納得できないだろう。
多くの競技は「その日に一番強い人」と「これまでに最高の記録を出した人」というのは一致しない。陸上競技でも水泳でも、競技者としてのピークは短い。そこで誰が代表となるのかという問題は解決が困難である。代表選考から漏れて出場できなかった選手の中には「オレが出れば勝てたのに」という忸怩たる思いを抱く方も出るだろう。
五輪延期によって余分にかかる費用はいったい誰が負担するのか。6000億円と言われるような金額を負担するのは東京都なのか、それとも国なのか。そもそも五輪の費用というのは国民が税金で負担すべきものなのか。
オレは大阪万博や東京五輪といったイベント開催には反対であった。それが国民を幸福にするものではなくて利権やゼニを目的とした金持ちどもの祝宴であることを看破していたからである。
今政府が考えないといけないのは、一年先の五輪のことを考えられる幸せな人たちのことではなく、今月末の家賃が払えないという生活困窮者のことではないのか。相次ぐ自粛騒ぎや、観光客の減少によって飲食店の売り上げが落ち込み解雇された人々、廃業することになった旅館やホテルに勤務していて失業してしまった方、そうした困っている人たちの生活をどう守るのか。コロナウイルスに感染しなくても、生活苦によって自殺するような方をどう守るのか。一時金を5月末に支給するまで待てない人が大勢いるのである。
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