まだ5月である。それなのに猛暑日になったところもある。北海道では37度とかになっているという。オレは自分が大学3回生の時に北海道の暑さで死んだことを思い出した。網走からオホーツク海に沿って北上していたのだが、サロマ湖のところで断念した。あまりにも暑かったからである。その1981年の夏、北見では38度を記録したという。オレが宿泊したサロマ湖のユースホステルは、西日に面したガラス窓から強い光が差し込んで、まるで温室の中で蒸されてるような状態だった。
今年の夏はその再来のような猛暑がやってきたという。北海道なのに暑いというとんでもない事態が日本列島を襲ってるのだ。もちろん京都や大阪も暑いのである。オレもクルマの冷房をがんがん入れて運転している。
5月でこの暑さである。このまま暑さがパワーアップしていくとどんな恐ろしいことになるか。6月末にはあちこちで40度を超える異常高温が記録され、7月末には45度を超えて過去の最高気温の記録を塗り替えそうな気がするのである。そうなると今の暑さなんてかわいいものかも知れない。
こんな暑さの中。2020年には東京オリンピックが開催される。きっと8月の東京は35度くらい普通に記録されるだろう。選手も観客も大変である。そもそもどうしてオリンピックは8月なのか。東京五輪の時は10月になったじゃないか。今年もそうしたらよかったのにどうして夏の盛りにやるんだろうか。
東南アジアから来た留学生や外国人技能実習生の方々が口々に「日本の夏は死ぬほど暑い!」と語る。彼らの母国よりも日本の方が体感温度は高いのである。どうして日本はこんな猛暑の国になってしまったのだろうか。
住まいは夏をむねとすべし。冬はいかなるところにも住まる。
かつて徒然草にこのように吉田兼好は書いた。冬の寒さは防ぎようがあるが、夏の猛暑は防ぎようがないので、涼しく過ごせる家を建てよということだったのだ。我が家が40年以上前に建てられた時、周囲には田んぼが広がり、夜になるとカエルの大合唱の中、涼しい風が吹き抜けた。そのうち周囲に家がどんどん建って、風もちっとも通らなくなった。最初はエアコンいらずだった我が家も、今は6台のエアコンを装備している。さすがにすべて稼働させるようなことはないのだが、それでも夏になるとかなりの電気代がかかるのである。
夏の猛暑の中で多くの高齢者が熱中症で亡くなる。電気代を節約しようとしたのか、あるいは熱中症になってることにすら気づかなかったのか。そうした悲劇もきっと今ほど暑くなかった時代には少なかったのだろう。
今年の夏本番になったらどんな暑さがやってくるのだろうか。そして来年の夏、東京はどうなるのだろうか。今からオレは不吉な予感がしてならないのである。
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