2018年07月01日(日) |
小学校で英語を教える愚について |
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小学校での英語の必修化によって日本人の英語のレベルが向上すると考えてるのはお目出度い馬鹿だけである。現場で英語を教えてる人間ほどその馬鹿馬鹿しさがわかってるわけで、そんなことでよい効果が現れると思ってるのは基本的に英語のできない人たちだけである。
文部科学省の官僚や、大企業のトップは早期の英語教育に効果がないことなどとっくにわかってる。しかも教えるのは英語教育のプロではない小学校教員である。ますます効果が上がらなくなるのである。彼らの意図は実は日本人を愚民化することに他ならない。読み書きはできないけど日常会話はできるという「植民地英語」のレベルを日本人に押し付けることを狙っているのである。
オレは中学生の時英語が嫌いだった。どうして嫌いだったのか、今にして思うとあまりにも英語の教員がダメだったからだということに思い至る。「単語は手で覚えさせる!」などと馬鹿なことを言ってたくさん単語を書かされた。オレは「そんなもの頭のいいオレは一回で覚えられる!」と思っていて理不尽な宿題はやらなかった。しかし、ちゃんと単語は全部覚えていた。一方、お馬鹿な生徒は書いてもやっぱり覚えられなかった。書いたけど覚えていない馬鹿と、書かずに全部覚えているオレとどっちが望ましい姿か?そんなこと言わなくてもわかるだろう。しかしオレは「宿題をやらない子」ということで立たされたりしたのだ。
レベルの低い人間が教師になると、その教えによってさらにレベルの低い生徒が生産されてしまう。文部科学省が今の英語教育に問題があると思うならば、まずやるべきことは英語教師の養成である。教員採用試験合格者には半年の海外研修を国費で行うとかして、そのレベルが上がるようにすればいいのである。英語の時間数を増やしても何も改善されないのである。今、中学高校で6年間やって成果が出ないからと、さらに小学校で2年やって合計8年やったらさらによくなるかというと、もっと悪くなるだけである。いっそ必修は中学だけにして、高校からは英語は選択制にすればいいのである。やりたくない者はならなくてもいいと思うからだ。ただ、たいていの大学は英語を必修の入試科目にしてるから、大学受験を考えてる高校生は英語を選択するだろう。
日本中の高校や中学の教室で行われている英単語の小テストというのは基本的に無駄である。ほとんどの生徒は直前の休み時間の10分間しか勉強しないし、小テストが終われば見事に忘れる。単語集で語彙力を増やそうとしてること自体が間違いである。基本的に英語教師の多くは、その程度の勉強しか自分がしてこなかったからそれでいいと思ってるのである。
オレの出身高校でオレよりも英語ができた人間は基本的に誰も英語教員にはならなかった。東大文科一類に行った男は銀行員になったし、医学部に行った者もいる。じゃあどういう人が英語教員になってるのかというと、こういう言い方をすると失礼だが、ぎりぎり英検2級(つまり高校終了程度)には到達するけど、英語以外の科目ができなくて難関大学には入れなかったかという方が多いのである。留学を経験していたり、英米文学オタクであったりという方々は実は英語教員の中では少数派なのだ。
真に英語の成績が優秀な人は、たいてい英語以外の科目も優秀なわけでさまざまな進路に進んでいく。たいして英語のできなかった人が英語教員になる。そうなるとどういう結果になるかというと今の多くの公立高校や中学で行われている無残な英語教育に行き着くのである。もっともっと待遇をよくして、能力のある人が商社マンや医師ではなくて英語教員を目指すようにしないと駄目である。
小学校で余分な時間があるならぜひとも国語をやってくれ。「未曾有」を「みぞうゆう」と読むような馬鹿な政治家が財務大臣をしているような状況にオレは我慢できないのである。ちゃんと国語力をつけたうえで、母国語でものを考える力を身につけたうえでの英語教育だとオレは思っている。
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