2017年11月24日(金) |
日馬富士の暴力と八百長相撲について |
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日馬富士が貴ノ岩を殴打した事件が話題になってるが、ここでオレは全く別の視点でこの事件を考えてみたい。なぜ貴ノ岩が日馬富士に殴られることになったのか? それは「しゃべってる横綱の前でスマホをいじった無礼な行為」レベルではないもっと大きな相撲界の闇に関わる問題である。ここからは全くオレの憶測で、実に無責任な想像であることを断っておきたい。
相撲というのは厳密な意味でスポーツではない。あれは一種の伝統芸能であるとオレは思っている。その伝統芸能の世界では、暗黙の慣習みたいなルールがいくつも存在する。たとえば7勝7敗の力士は、千秋楽で相手から星を譲ってもらって勝ち越しする。その借りた分の星は別の場所で返してやる。そういうふうに部屋ごとの星の貸し借りがかつては存在し、おそらくそうした悪習は今も残ってるのだろう。
そのような星の貸し借りを、たとえばモンゴル人力士同士で行っていればどうだろうか。横綱になれるような一部のスーパースターを除くと、力士たちにとって一番おいしいのは幕内力士という地位をずっと守り続けることである。だからこそこの「星の貸し借り」ということが成立するのである。モンゴル人力士の中にそうした関係があったのかどうかはわからない。これはオレのただの憶測だからである。
上手に八百長できる力士もいれば演技の下手な力士も居る。だから負け方の下手な力士は「無気力相撲」という形で突っ込まれたこともあった。またそうした風潮に対して従わなかったスタイルの力士は「ガチンコ相撲」と呼ばれた。その代表が貴乃花親方だったことをオレは覚えている。
貴乃花親方の弟子である貴ノ岩が八百長を拒否してガチンコで戦おうとしていることは容易に想像できる。ただ、それは他の力士から見ると困ったことになる。それで言うことを聞かない貴ノ岩に対して制裁を加えるという意味が今回の殴打事件の背景にあったのではないか。
貴乃花親方が相撲協会に対して対決的な姿勢を崩さないのは、これが単なる暴力事件では終わらない、それこそ協会幹部が総辞職して本場所自体を中止しないといけないような大問題だからではないのか。
というのがオレの今回たどり着いた憶測である。もしもこの憶測が当たっていたのなら、相撲協会の闇というのはまことに深いと言うしかない。こんなのはスポーツではない.一刻も早く解体してしまって、部屋制度も廃止してすべての力士が個人で参加してるという仕組みにしないとダメだ。
その上で世界から入門希望者が参入できるようにして、いずれはオリンピックの正式種目にしてもらって、「SUMOU」を世界のものにしてもらいたいとオレは勝手に思っている。
そもそも日馬富士はビール瓶で殴ったのか殴ってないのか。こんなところで白鵬が「ビール瓶では殴ってない」という発言をしたら、それ以外の力士は横綱の発言と食い違うことは何も言えなくなる。いろんな証言が飛び交ってるが、そのどれもが真実のものではなくて、さまざまな立場から語られた巧妙なウソのような気がするし、時間が経てば経つほど真相究明は困難になる。関係者たちが口裏を合わせて共通の物語(ストーリー)が作り上げられてしまうからだ。こんなことは警察の手に委ねて、関係者全員を同時に事情聴取すればもっと早く真相がわかったのである。すぐに被害届を出した貴乃花親方の行動をオレは今回は支持していようと思う。貴乃花親方が「変な人」だというマスコミの印象操作はどうかやめてもらいたい。
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