2011年12月31日(土) |
さよなら2011年 |
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年賀状を書きながらオレは考えた。いつものように「HAPPY NEW YEAR」と書いてもいいのだろうかと。3月11日に起きた東日本大震災、その後の原発事故を考えたときにどう考えても「HAPPY」ではないだろうと。
しかし、それは2011年のことであり、2012年はやはり我々にとって「HAPPY」な年になって欲しいという願いをこめて書くのならば、それほど違和感もないのじゃないかと考えて、改めていつもの年の賀状と同じように書くことにした。2011年は大変な年だったけど、2012年は将来への展望が開ける明るい年であって欲しい。そうした願いをこめてやはり「HAPPY NEW YEAR」と書くことにした。
一年間のことをあれこれと思い出してみる。仕事の上ではクラス担任を持っていることでさまざまな生徒の個人的な問題と向き合わないといけなかったことがあげられる。2年前、一年間に2度も入院したことを思えばまだ健康面の不安はかなり残るのだが、なんとか無事に8ヶ月乗り切ることができた。
投資の方は散々だった。震災で暴落したあと、回復するかと思った日本株は結局低迷したままだったし、為替取引もギリシア危機やEU加盟国の混乱など予想もしない事態が次々と発生して振り回される日々だった。仕事が忙しくて帰宅後にニュースをチェックする余裕があまりなかったので、値下がりした株を損切りした後はほとんど放置プレイという状況だったので利益が出せないのも当然なのだが。日本株は当分の間低迷したままだろうし、仕事はさらに忙しくなりそうなのでしばらく株のことは忘れていようと思うのである。もっとも掲示板を運営してるので、寝る前にそこに顔を出して書き込みに目を通し、自分も参加するくらいのことは続けようと思うが、リアルの取引をしている時間がない。
50歳になったので映画をたくさんみようと思ったが、これも実際はなかなか果たせなかった。「コクリコ坂」と「ノルウェイの森」くらいしか観られなかった。来年はなんとかして時間をひねり出したいのである。
立原道造が夭折した年齢も、石川啄木の亡くなった年齢も、そして太宰治の自殺した年齢も超えてしまった。自分にとって残された時間の方が、これまで生きてきた時間よりも確実に少なくなってしまい、「老い」という事実が目の前に立ちはだかってくる。小さな文字が読みにくくなったことや、運動するとすぐに息切れすること、そして夜更かしできなくなったこと、寒さにめっきり弱くなってしまったこと。すべてが「老い」の結果もたらされたものである。
鏡に映る自分は、毎年確実に年齢を重ねて老けてゆく。これまでの人生で達成できなかった夢を、死ぬまでに自分はいくつ叶えることができるのだろうか。そんなことを思いながら2011年は暮れたのだった。
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