2009年06月16日(火) |
オッパイと乳(ちち)の微妙な関係 |
携帯用URL
| |
|
どうかお読みになる前に←応援のクリックをお願いします! m(_ _)m
何気なくテレビを見ていると、街頭インタビューで「おっぱい」と「乳(ちち)」の使い分けについて質問していた。関西人は普通「乳(ちち)」の方を使い、「おっぱい」というコトバにはネガティブなイメージ、つまり「わいせつなもの」という感覚を持っているのだという。そしてこれは関東とは全く逆であるというのだ。
確かに、ふだんあまり意識はしていなかったが、関西では「乳(ちち)」がメジャーである。「赤ちゃんに乳(ちち)を飲ませる」とは言うが、「おっぱいをあげる」とはあまり言わない。女子高生どうしの会話でも「あんた乳でかいね〜」と言うのは明るく爽やかだが、もしもそのときに「あんたおっぱい大きいねえ」と言うと、オッサンの卑猥な会話になってしまう。関西で普通に使われるのはやはり「乳(ちち)」である。特に女の子どうしでは「乳(ちち)」である。「おっぱい」なんて語は恥ずかしくて女子がとても口にできるような語ではない。
まだ私が男女共学の公立高校にいた頃、同僚にかなり年配の変態教師が居た。彼は女子生徒をいつもその劣情のまなざしで眺めていて、「あんたとこのクラスに、○○ていうおっぱいの大きい子、おるやろ!」などとよく話しかけてきた。その教師が「おっぱい」と言うとなんだかものすごくいやらしく聞こえたのである。今でも彼はおっぱいを追い求めているのだろうか。もうとっくに停年退職してるはずなんだが。男子校に転職した私には残念ながら美しいおっぱいを愛でる楽しみはない。せいぜい週刊誌のグラビアで「うっひょ〜」と思うくらいである。最近話題になった小向美奈子さんという方は「スライム乳」という美しい乳房の持ち主だそうである。そう言われると週刊誌を買いたくなるが、その写真は「盗撮」されたものらしいので、オレがその週刊誌を買うという行為は犯罪を幇助しているのと同じことである。買わずに見るだけで済ませるのがいいのかも知れない。
その関西ではメジャーな「乳(ちち)」というコトバだが、高低が無く平板な発音である。「父(ちち」」の方は前の「ち」を少しあげて読む。しかし関西以外の地方ではこのアクセントとは違うらしい。これを間違えると「父の父」(すなわち祖父)というつもりが、どういう因果か「父の乳」や「乳の父」になってしまうのである。「父の乳」なんかあんまり見たくないのである。もちろん「父のおっぱい」も同様に見たくはないのだが。
同じ語が狭い日本の中で全く違ったニュアンスや意味で用いられているという現象はなかなか面白い。少なくとも大阪では「乳(ちち」というのは女性の乳房の部分の客観的な名称であり、性的なイメージはそこからかなり排除されている。性的な表現で「おっぱいを揉む」という言い方はあるが、「乳を揉む」というと普通は母乳の出を良くするためや肩こり防止のマッサージのことを意味し、決してわいせつなイメージはないのである。酔っぱらいの変態のオッサンは夜道で出逢った若い女性に「ぐへへへへ、おっちゃんにおっぱい触らせてーや」と言うことはあっても「姉ちゃん、おっちゃんにその乳を揉ませなさい!」とは言わないのである。
この「おっぱい」と「乳」の微妙な関係、日本中でアンケートをとってきちっと分布図を作成してみると面白いかも知れない。その昔、探偵ナイトスクープという関西ローカルの番組は「全国アホバカ分布図」というものを作成し、関東の「バカ」と関西の「アホ」との境目はどこにあるのかという研究を行い、名古屋には「タワケ」文化圏が存在することを明らかにした。もしかしたら「おっぱい」と「乳」以外にオレの知らないことばがおっぱい、いやいっぱい出てくるかも知れないのである。
その昔、テレビで「ボイン」ということばを流行らせたのは大橋巨泉だったそうである。また、「嘆きのボイン」という曲を歌ったお笑い芸人もいた。そのバリエーションとして小さな乳房は「ナイン」と呼ばれたりした。今は「ボイン」のかわりに「巨乳」というあまり風情が感じられないことばが用いられるようになってしまった。服の上から小さな胸をつかむと「ムニュッ」という音がするらしい。それは「無乳」ということらしい。だったら大きな胸ならば「キョニュッ」という音でもするのだろうか。それがもしも人工物ならばやはり「キョニュッ(虚乳)」という音がするのだろうかとオレはくだらないことを考えたのである。
←1位を目指しています! m(_ _)m