2006年05月03日(水) |
黄砂は中国による環境テロである! |
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せっかくの休日でもたまたまどこにも出かける用事がないとき、オレは時間を掛けて丁寧に洗車して固形ワックスを掛け、愛車である真紅のFTOをピカピカにする。その翌日はたいてい雨である。怖ろしいほどの高確率で雨になるので、近所のおばちゃんが洗車するオレの姿を見つけると「雨が降るからやめてくれ」と言う。雨くらいならまだいい。その雨には大量の黄砂がまじってるのである。オレのクルマは黄砂が付着してできたまだら模様に覆われる。せっかく洗車したのに・・・・かくしてオレは次に洗車する余裕が出来るまでの長い時間を、まだら模様のクルマに乗る羽目になるのである。
こんなに大量の黄砂が降るのは、中国で砂漠化が今も進行中だからだ。日本人のボランティアが植林したりしてもあの広大な国土から見ればごくわずかの面積でしかない。黄砂に汚れたために日本中で無駄に使われる洗車用の水道水の総量はおそらくすべての家庭の水道使用量の数%くらいにはのぼるだろう。今はまだ黄砂が中心だが、これから中国の工業化が進行すれば排出される亜硫酸ガスによる酸性雨が降り注ぎ、原発の大規模な事故が起きれば死の灰が日本本土に降り注ぐのである。中国は迷惑なものばかり日本にもたらすのである。
立場が逆転してもしも日本が中国の立場で黄砂や酸性雨を降らせる側だったとしたらどうだろう。おそらく中国は黄砂のために迷惑を受けているという理由から環境対策費のODA増額を要求してくるだろう。それも「我々には受け取る権利がある」と堂々たる主張を展開して来るに違いない。「取れる可能性のあるものはとことん搾取する!」「払うべきものでもゴネてなんとか払わずに済ませようとする」というのがあの国の習慣らしいからなあ。他者の失敗には厳しく、自分の失敗には寛容なあの国のお国柄だ。日本の戦争責任は永遠に主張し続けるが、中国のチベット侵略と住民虐殺は「そんな事実はない」だからなあ。「すべての国民の洗車代を負担してもらう」なんて馬鹿なことを言い出すかも知れないぜ。そんなこと言わせてたまるか。
日本の山にハゲ山がほとんど無いのは、どんどん植林されてきたからである。30年後、40年後の子孫のためにと、自分たちの代ではゼニにならないことなのにみんながせっせとしてきたのである。だから日本の山はどこも緑が豊富なのだ。中国で砂漠化がどんどん進行して耕地さえも放棄しなければならないのは、自分たちが使うためにどんどん木を切ってしまって後に植林することの無かった情けない先祖たちがいたせいである。使うだけで育てると言うことができなかったのだ。(民度が低いとはそういうことである)今の中国政府がすぐに全力で実行しないといけない環境対策とは、これ以上の砂漠化の阻止のための国家的規模の植林事業である。それが黄河流域の水不足の問題も、CO2の排出の問題もすべて解決してくれるのだ。ただそれが実行される可能性は極めて低い。中国の政治指導者は農業問題には目もくれずに軍事や外交のことばかり考えてるからだ。迷惑な黄砂を今日も洗い流しながらオレはぶつぶつつぶやいている。「こんなにどろどろにしやがって黄砂のボケ!」
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