2005年10月03日(月) |
さようなら「丸善」京都店 |
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京都で大学生活を送ったオレは、「丸善」京都河原町店をよく利用した。といっても実際に本を買うのは10%引きで買える大学生協(時計台の下の地下にあった)がほとんどで、丸善に寄ったのは映画を見たり行きつけのお好み焼き屋に寄ったり四条河原町でデートした時のついでだったわけだが、デートの待ち合わせに使ったこともあってかなりよく行った場所である。
この「丸善」京都店だが、梶井基次郎の小説「檸檬」の中では、主人公が近くの果物屋で買ったレモンを画集の上に置いて立ち去るというシーンがある。そのシーンを再現するかのように丸善ではたびたび、本の上にレモンが置かれていることがあったそうである。そんなしゃれたことをするのは女性ファンだろうかと気になって写真を確認したが、梶井基次郎ご本人は世界史の教科書に出てくるネアンデルタール人のような武骨な顔つきでおよそ美男とは言い難い。もっとも作家に恋するのは作品や文章に恋するのであって、ルックスに恋するのではないから別におかしくはないのだが。
そのレモン放置事件だが、閉店が決まった今春から徐々に増えて現在で合計11個になるという。いずれもレジの店員から死角になる位置にそっと置かれていたという。店ではそのレモンを忘れものとして、バスケットに集めて「檸檬」の文庫本のわきに置いている。文庫本もここ数日大人気で、一日に60冊も売れているという。店では急遽1000冊を追加注文したということである。梶井基次郎がレモンを買ったという八百屋も、オレが大学生の当時はまだ寺町に存在した。別にファンでもなんでもないオレは気にもとめなかったし、彼の作品は「檸檬」と「桜の樹の下には」しか読んだことがない。正直言って、「檸檬」のどこがいいのかオレにはわからない。レモンが一個の爆弾であり美術書の本棚を破壊するような大爆発をするなんてバカバカしいと笑い飛ばすことしかオレにはできないぜ。これが高校の国語の教科書に載っていたりするのだが、扱いにくいので授業ではすっ飛ばしてしまうのが常である。
残念ながらオレにとっての「丸善」京都店の思い出は、そこでデートの待ち合わせをした時に立ち読みした洋書の手触りであったり、後ろから男友達に肩を叩かれて「おまえ、こんなところで何してんねん」と言われて焦ったことであったり、「丸善」を出てから少し歩いて不二家でパフェを食べたことであったり、鴨川の河原に出て少し歩いてから他のカップルと同じように並んで腰を下ろしたことであったりである。そんな思い出の中の一コマを彩った場所が消えてしまうのはなんとも寂しいことである。
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