2004年10月07日(木) |
一億人のビンタを受けやがれ! |
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戦前生まれの人なら、12月8日と言われれば太平洋戦争開戦のあの真珠湾攻撃の日を思うかべるだろうが、オレにとっての12月8日と言えばまぎれもなく1980年12月8日、マーク・チャップマンがジョン・レノンを殺害した日である。
当時京都で大学生をしていたオレのお気に入りの店は、百万遍にある喫茶店「RINGO」だった。ビートルズの曲だけがガンガン大音量で流れるその店では、顔を近づけて大声で話さないと会話ができない。自然とカップルの親密度は増すことになる。オレがその店をデートコースの中の定番と位置づけていたのも当然だ。貧乏学生のオレにとっては安いこともまた魅力だった。ジョン・レノンが死んだという報せは、当時のオレをどれほど落胆させたことか。
その事件を起こした憎むべき男がなんと仮釈放の可能性があるという。事件から24年を経た今、20年から無期の禁固という不定期刑で服役中のチャップマンに対して、10月4日からの一週間の間に行われる仮釈放審問の結果、釈放が認められれば塀の外へ出てくるのだ。なんてことだ。
この事実を知った多くのファンらは、WEBサイト上にチャップマンに対する「復讐」を誓う書き込みをしているという。
「チャップマンには死刑がふさわしい」
「多くの人が死を望んでいる」
「釈放されればその日が彼の命日」
「ジョンと同じ苦しみを味わわせてやる」
など過激な文字が並ぶ。レノンが新しく作る曲を聴くことができる可能性を永遠に奪った憎むべき男に対して、恨みを持たないファンなど一人もいないだろう。
チャップマンは最短の刑期である20年を経過した2000年と2002年にそれぞれ仮釈放申請したがいずれも却下されている。ジョン・レノン夫人のオノ・ヨーコさんはこの男に安全を脅かされるとして引き続き服役させることを求めているという。アメリカが銃社会である以上、チャップマンが再び拳銃を入手して同様の犯行を行うことはきわめて容易である。
オレももちろん釈放には反対だ。しかし、どうしても釈放するのなら、ジョン・レノンのファン全員からビンタを張られるという条件付きで許可してくれ。アメリカだけじゃない、世界各国を巡りながら何千万人というおまえを憎む人によってビンタを張られるという罰だ。ファンが多すぎて死ぬまで続けても回りきれないぜ。もちろんオレもおまえを殴りたい一人だ。そのイベントが日本で実施されるなら絶対に参加するぜ。おまえの頬にオレの手形をつけてやる!
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