2004年08月11日(水) |
その行く末は『誰も知らない』 |
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それは1988年に起こった事件である。4人の子どもたちが母親に遺棄された。母親は新しく交際するようになった男性と同棲するために家を出た。彼女は家を出る際に長男に「妹たちのことをお願いね。おかあさん、たまに様子みにくるから。お金は現金書留で送るわ」と言ったという。当時、長男は14歳。妹3人はまだ7歳、3歳、2歳であった。子供4人だけの生活が始まったのだ。
母親が毎月仕送りしていた額はわずか7〜8万だったらしい。あとはたまに電話をしたり、駅のマクドナルドなどに長男を呼び出して「家の様子はどう?」と訊く程度で、子供たちの部屋には全く寄ることなく、彼女は男と暮らしている家へ帰っていた。長男は学校には通っていなかった。この少年には出生届さえも出されていなかったのである。いや、出生届のないのは子供たち全員だった。この子たちは社会的には存在しないのと同じだったのだ。親に捨てられただけではなく、社会にも捨てられていたのである。
家族のために時々買い物をしたりして外に出かける少年にはやがて二人の友達ができた。二人は大人の監視のない少年の部屋に入り浸るようになり、泣き声がうるさいと幼い妹を虐待する。遊ぶ半分から行為はエスカレートし、ぐったりとした三女は翌朝には冷たくなっていた。その三ヶ月後、「どうもあそこは子供たちだけで暮らしてるようだ」と大家が警察に通報し、子供が3人遺棄されているのが発見された。とくに長女と次女は栄養失調で衰弱がひどく、ただちに保護された。事件はTVや新聞で報道され、母親は警察に出頭。子供たちに引き合わされ、そこで初めて「三女がいない。子供がひとり足りない」ということがわかった。三女の死体は少年とその友人によって秩父の山に埋められていたのである。
この事件をもとにして作られたのが映画『誰も知らない』である。柳楽優弥くんがカンヌ映画祭・主演男優賞を受賞したことで一躍有名になって多くの人に知られることとなったが、もとの事件はすっかり忘れ去られていたはずだった。
映画は現実の陰惨な部分を削ぎ取り、健気な少年と強い絆で結ばれた弟妹たちの愛情の物語となっている。説明を省き、必要最小限の事柄だけを提示しながら淡々と展開するその映像は、どこか古くて懐かしい日本映画の世界を彷彿とさせるのだ。生活に疲れ果てた子どもたちの姿は少しずつやつれ、着ているものも汚れたり破れたりしてゆく。電気や水道を止められてからは公園で水くみをするようになる。その公園で知り合った不登校の少女は部屋を訪れるようになる。コンビニ店員は賞味期限切れのおにぎりを分けてくれる。
映画の中の牧歌的な世界を、現実にその事件を体験した少年はどう思っただろうか。主演男優賞の少年を見て現実の彼はいったいどう感じたのだろうか。あれから16年、もう彼は30歳になっているはずである。事件が報道された後、幼い妹二人は母親に引き取られたが、その後この14歳の少年がどうなったのかは、誰も知らない。
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