2003年06月12日(木) |
目指せスーパーパラサイト! |
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今、街角には無職の人間が溢れている。中年フリーターも多い。いつまでも親元にゴロゴロして小遣いさえもらって親の車を乗り回すという優雅な生活を送っていられるとはなんと幸福なことだろうか。普通の収入のある親ならば、そいつが中村うさぎのような浪費家でない限りごくつぶしを一人養うくらいはなんでもないのである。律儀な親たちは子供の分の国民年金の掛け金もきっちりと納めてくれるだろう。
そのうち親が定年退職したりするが、けっこうな金額の年金がもらえて生活は裕福なままである。当然、子はその親の金をあてにしてそのまま変わらずパラサイトシングルを続けることも可能である。親が百歳まで生きることも別段珍しくない。75歳以上の老人は1000万人以上いるのである。65歳以上なら2400万人、人口の20%が年金をもらえる老人なのだ。
ここで大切なことは、親が長生きしてくれれば年金受給可能年齢までパラサイトを続けることも可能だということである。そのまま自分も働かずに年金をもらって暮らす。親が生きてる間は親に依存し、親が死んだ後は国家に依存して生きるという究極のパラサイト(寄生)ライフが完結するのである。なんとすばらしいことではないか。
親が建ててくれた快適な家があり、親が買ってくれた電化製品に囲まれて、国から小遣いをもらって生きる。高度成長の時代、人は裕福になることに何を求めたのだろうか。「働かないで毎日遊んで暮らす」という夢を実現する前に多くの企業戦士は過労死していったのである。実現不能と思われたかつての夢は、皮肉なことにバブル崩壊の今、多くの人が簡単に手に入れられるものとなった。それは地方においてより顕著である。鳥取県や島根県の県民所得の12%は年金だという。それだけの働かない人口を抱えて果たして社会は正しく機能するのだろうか?この比率はこれからさらに上昇するのである。
離婚してで実家に戻ってきた女性がそのまま子付きパラサイトとなって親に依存し、その子も一度も働くことなくずっと引きこもったまま年老いて年金受給年齢に達し・・・そうしてパラサイトの無限連鎖が続く時、「働かなくてもよい」という社会は果たして楽園なのだろうか。少なくともまともな社会でないような気はするのだが。
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