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| 2004年12月24日(金) ■ |
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| 可能性 |
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テレビで、日本人メジャーリーガーの特集をしていた。私が見たときはちょうどイチローがインタビューに答えていた。今季イチローは、メジャーリーグのシーズン最多安打数の記録を更新したが、記録が近づく前に結果が出せなかった時期があった。そのときの心境を答えたいた。「あのときはですね…」そのあと、しばしの沈黙。彼なりに言葉を選んでいたのか、何か思うところがあるのか。もしかしたら、沈黙だけで終わるかもしれないと思ったとき、口が開いた。きっちりと覚えているわけではないが。こんなことを言っていた。
「打てたときは、可能性がすごく広がったように感じたけど、打てなかったときは、可能性がすごく減ったように感じた」
その言葉がすっと私の心の中に入り込んだ。いわゆる一つの一喜一憂。加えて「あんなに(気持ちが)揺れたことはなかった」と言っていたけど、イチローでのそんな心境になるんだとちょっと驚いた。
私もこの可能性の広がりと減りを感じることがある。イチローは歴史的な大記録を前にようやくそれを感じるほどの大物だけど、私は凡人なので、今日の日記が書けるが書けないかでそれを感じる。こうして、実際書いてみたら非常にアホらしいのだが、思うものは仕方ない。冗談みたいな文章ばかりだけど、書けたら、一番の極端は「もしからしたら誰かが見てて、何らかのオファーがあるかもしれない」と思うし、書けなかったら、「うわー。もう一生文章書けへんかもしれん」「私は何のために生きてだろう」とすら思う。誰に期待されているわけでもなく、生活がかかっているわけでもないのに、不思議だ。執着しているのかもしれないけど、最近はちょっと心境が変わった。書けなかったら書けないでいい。書けない部分を無理に更新せずに、「その日は書けなかった」という証拠を残すスタイルを取っている。そうして、どんどん書けなくなっていっているので、不安は不安なんだけど。
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