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| 2004年12月26日(日) ■ |
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M−1グランプリを見た。今年は、好きなコンビがおらず、注目のコンビが多かったので、楽しめた。好きなコンビがいると、そのコンビの出来不出来や審査員の評価で、テンションの上下が左右されてしまい、純粋に大会を楽しめなくなるのだ。去年、それを痛感している。今年のお笑いブームでTVでネタを見る回数が増えた。ほとんどのコンビは見たことのあるネタをしていた。「お、これできたか」「出たっ、このフレーズ!」「あ〜あ、アレをカットしたんやあ」などと随所につぶやくので、一緒にいた人は関わりたくなさそうな顔をしてた。
テレビを見た後、私の中になんか不思議なやる気が出てきた。実は昨日、強烈に文章を書きたくなくなって、もうイヤで、ごろ寝しながらもだえていたのだ。いいつながりもそうでないつながりもすべてしんどいなあって思った。そして、日常を慈しむ人になりたいなあって思った。朝起きて、顔洗って、仕事して、ご飯食べて、読書でもして、お風呂入って、寝る。ネットや文章を考えたり書くことに費やしていた時間をそっちに持っていくと、ゆとりのある生活が出来るんじゃないかな。そっちの方が楽しそうだなって。
でも、テレビを見てて、彼らと違う世界にいてはいけないって思った。いや、私、漫才をするわけじゃないけど。なんていうかね。物(もしくはスタイルというもの)を創造して、何かの目的に向かっているという集合体にいるあの人たちと同じ場所にいたいっていう気持ちになった。ジャンルとかプロアマとかレベルの違いは置いといて、ベベ(最下位)でもその場所にいないよりいた方がいい。(目的に向かっているのは野球も一緒だけど、野球を見ても不思議とそういう気にならない…)
こんなことを思ったからって、明日からすんなり文章が書けるようになるとは思っていないけど、ただ文章を書けることって当たり前じゃないんだなってことがわかった気がする。これまでの私は、「文章が書けない」っていう人の気持ちがわからなかった。思ったことを話しかけるように書けばいいやんって思ってた。そんなんじゃない。私は、「○○する人の気がしれない」とか「○○なわけない」と思うと、かなり高い確率で○○な状況になり、その心境を思い知らされることになる。今もそんな感じかな。 書けると思うから、書けないときに落ち込むのであって。今日から、書けないことを当たり前だと思おうかな。すると、“今日は書くことができた、ありがたい”となる。感謝は自分を苦しみから遠ざける。
※Mー1が終わった。オールザッツ漫才があるけど、今年はトーナメント制ではないので、大会らしい大会と言えば、来年のABCお笑い新人グランプリまでお預け。野球ファンとしての注目は、やっぱりエージェント。baseよしもとで活動するコンビらしいが、実はまだ見たことがない。彼らにスタイルが、ノックで世の中を斬るというものだから。単純にそれだけなんだけど。漫才ファンとしては、早口言葉のネタでぐっと力を付けたなあと思うアジアンや3年連続出場でMBS新世代漫才アワードで2位になったNONSTYLEがどこまでやれるか気になるところ。見たことのないコンビが多いので、楽しみ。
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