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| 2004年09月22日(水) ■ |
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| トラウマ |
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人から、「教えてください」と言われるのが重くなったのはいつからだろう。自分のことを聞かれるのはいいのだが、自分以外のこと。野球なら、「京都の学校ってどこがどうですか?」「練習試合の日程を教えてください」とかいうあたり。どうって言われても、それは自分の感性だし、日程は変更の可能性ある。たとえその気がなくても、間違ったことを教えて相手を困らせるのはイヤだし、間違ったことを教えた自分もかっこわるくてイヤだ。
ことの発端を思い出した。 ある掲示板で、「太陽が丘球場への行き方を教えてください」と書いてあったので、「私は駅から遠いのでタクシーで行っています」と書いた。すると、あとで別の人の書込が。「私はタクシーなんか使わずにバスで行きます。バスは…」。なんかね、腹立ったというか、凹んだというか、恥ずかしいというか。
タクシーなんか使わずにという言葉が、私への全否定に思えたんですよ。死のうかな。「なんか」って。私が悪いこと言ってるならともかく、なんで他人の言葉をわざわざ否定するかな?「バスで行く方法もありますよ」でいいやんけ。。そうさ、私、金持ちやし。と、ホントはそんなことないのに、相手にそう言った気になった気を紛らわせた。バスとタクシー。どっちが正しいかなんていう答えはない。でも、私は、自分と違う答えを出してくた人がいると、どうしても自分が間違っていると思いこんでしまう。今でもときどきそのことを思い出して、ブルーになる。もう人には何も教えない。自分が人様に役立つなんでありえない。だから、せめて足を引っ張らないように。そうして、世間一般的には思いやりのない人間になりつつある。 でも、悪いのは、「タクシーなんか…」の書き込みをした人ではなく、勝手に思いこんでる私。なにかが、ちょっとおかしい。でもでも、やっぱり言葉は人を傷つけるときもあるんだ。もしその人が、「私は誰も傷つけたことないわ♪」とのうのうと生きてたら、それはそれで癪だ。機会があったら、償えとか反省して欲しいとまでは言わないけど、自分の言葉で傷ついた私のことを知ったもらいたい。そして、私もきっと誰かを傷つけている。常にそういう懸念は持っていたいと思う。
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