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あるこのつれづれ野球日記
あるこ
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2004年05月19日(水)
不特定多数の挨拶って、苦手だな。


 いつからだろう。コンビニの“いらっしゃいませ”に、“こんにちわ”や“こんばんは”がくっつくようになったのは。少なくとも私がバイトをしてた96〜7年にかけてはなかった習慣だ。大学卒業を機にコンビニバイトを辞め、客としてコンビニを使うようになったころから、“いらっしゃませ、こんにちはぁ(←ここ、ポイント)”“ありがとうございました。またお越しくださいませ”と当たり前になっていた。すっごい違和感でね。もう私は二度とコンビニバイトには戻れないと思いました。“またお越しくださいませ”を“またご利用くださいませ”という店もたまにある。これは素直に商売であることを認めているので、○。ただ“お越す”だけじゃ売り上げにならない。就職活動のセミナーで何度も聞かされたけど、ボランティアではないからね。

 確かに挨拶は大事だけど、こう誰にも彼にもするのって、なんだかなって思ってしまうのだ。大学時代やっていたもう一つのバイト、ラーメン屋ではこう教えられた。この不景気。リピーターを作り、その人たちを大事にせなあかん。よく来てくれる人には、ただいらっしゃいませというだけはなく、顔を見て“こんにちは”とか“いつもありがとうございます”と言うようにしなさい、と。なるほどなと思った。行きつけの店があるのはかっこいい。店の人が顔を覚えてくれていて、「いつもの」というと、いつものメニューが出てくるのは、とても気分がいいと思う。だから、いやらしい話、挨拶は一つの商売道具だった。常連さんに特別さん気分を味わってもらうというサービス。中には、「スナックじゃあるまいし」と陰口をたたく人もいたけど。スマイル0円、挨拶0円だもんね♪

 そんな私だから、コンビニの挨拶には抵抗があるのかもしれない。もちろん、否定する気はない。でも、店に入るたびに戸惑ってしまう。そういう意味では、野球部員の挨拶や、あと、グラウンドを見に学校へ行ったらたまにある一般生徒の「こんにちは」も得意ではない。今ではだいぶ慣れたけど、それは、“私”だから挨拶するのではなく、“挨拶することが必要だから”挨拶しているにすぎないからだ。“私”に挨拶をしてくれる人なら、このあと会話が出来るだろうけど、そうでない彼らに会話しろったって無理だと思うし。これはコンビニの店員にも言えるんだけど。あと、駅員さんの“おはようございます”もこの部類。朝早い通勤の私は一人で改札をくくることも多く、どうしていいのかわからず、そそくさをホームへ向かう。そういうのがなんか気まずい、かな。

 そうそう。テレビ番組のレポーターのやたらなれなれしい挨拶も好きくない。旅番組とかで道ばたの人に、「こんにちはぁ、お父さん、何してんの」と声をかけたりするヤツ。誰があんたのお父さんやねん。そういや、OBのお母さんから、こんな話を聞いた。一昨年、東山が甲子園で戦ったとき、中盤7−1と大量リードをした。そのとき、アルプスにいたアナウンサーが、「リードしてますね、お母さん!このまま行けるんじゃないですか?」とやたらなれなれしくマイクを向けてきたのだ。試合を見ているときにうるさいし、第一、あなたにお母さんと呼ばれる筋合いないわって思ったという。それに、わかっていなかったのだ、彼。東山はそれまでリードされたのをひっくり返して、勝ち進んできた。それがスタイル。過去、先制した試合は大半が追いつかれ、苦戦を強いられている。だから、リードすることは決していいことではないのだ。アナウンサーが東山の試合をずっと見ていたわけではないし、テレビ上、盛り上げないと仕方ないんだろうけど、“リードすることはいいこと”という固定概念と赤の他人を“お母さん”と呼ぶなれなれしさをさも当然のように振る舞う彼の姿を想像して、なんか滑稽やなと思った。