女房様とお呼びっ!
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ずっと以前、もはや昔といっていい頃。 とあるM魚に「**さんて、釣りヘタなんですよ…」と真顔で言われた。 忘れもしない。
いや、当時は「釣り」なんて符牒を使ってなかったから、その印象だけが強く残って、 その印象の記憶が、今にしてそう言語化されているのかもしれない。 要は、詰めが甘いと指摘されたのだ、M男性をゲットするにおいて。
「某さんとか上手いですよね?」 こう言われたのは確かだ。 苦笑しながら、相槌を打った。
彼女の場合、釣るというよりも狩るというかんじ。 狙った獲物は逃さず、喰らう。 的確に喉輪に噛み付いて、鮮やかに仕留める。 艶然としてためらわず、容赦なくトドメをさす。
「**さんて優しいし、構ってくれるし、こっちもいいかな〜とか思うんですけど…」 彼は言葉を濁したが、いわんとすることはわかる。 その気にさせといて、キメてくれないってことだろう? M側としては、自分のほうに多少迷いがあろうと、強引にでも持ってって欲しいところか。
それに、その気充分でもM側が能動的にアクションを起すのはなかなか難しかろう。 目の前にぶら下げられた餌に食いついて、 あとはひたすら釣り上げられるのを待つ魚に、それ以上なす術があるはずもない。
しかし、思う頃合に釣り上げてもらえなければ、そりゃあ釣られる気になっている魚だって焦れてしまう。 折角その気になったのに…と落胆するか失望するか、 はたまた、気を持たせただけのこちらの態度に憤慨するか。 移ろいやすいM魚のこと、目の端に別な餌がちらつけば、そちらへ引き寄せられるも道理。 横合いから銛で突かれて、あっさり他所の食卓に上ることだってある。
つまり、釣りはタイミング。 いわんや竿を引き揚げずば、釣りにはならない。 まぁ、そういう至極当たり前のことを、やんわり皮肉を込めて言われてしまったのだね。
◇
折々書いているように、私の男の歴史は、おおよそテレコミで培われてきた。 SM関係に限らず、ノンケのセフレも恋人も、果ては結婚相手まで(笑。
初対面の動機が既に、ヤるかヤられるかという安直な出会い。 表面上は、お食事でも〜なんてありきたりな言葉を交わしあうが、 双方ともに、相手の下心をギリギリと見据えて対峙する。 いや、端から「ヤる?」「うん、ヤろ!」なんてノリで会うのも、そう珍しいことじゃなかった。
もちろん、会ってもヤらないこともある。 数から言えば、そのほうが圧倒的に多かった。 ヤらないままに付き合いの続く場合も少なからずあったが、 一緒に飲んだり仕事したりする中で、じゃ改めてヤる?って成行きになったためしはない。 冗談めかして水向けたところで、「今更なぁ…」となる。 それは、こっちにしてもご同様なので、何の問題もなかった。
やはり、これもタイミング如何なのだ。 会って即日、あるいは次回くらいまでにキメないと、後はない。 そうして始めた関係が、一回こっきり、ゆきずり同然に終わろうと、 肉の相性があってセフレになろうと、身を焦がすほどの恋愛に発展しようと、 全ては初動の瞬発力にかかっている。
裏を返せば、私は人並みの手続きを踏んで、男と関係したことがないわけで。 『最初はただの友達だったんですけど、段々好きになって…』とか、 『初キスは付き合ってから三ヶ月目で…』なんて段取りが、全く親身に想像できない。 女と生まれて、そういうロマンスに無縁なのは、自分でもどうかと思うし、 ちょっと寂しいような気もする(笑。
それはさておき、じゃあ、初動の鍵を握るのは何かといえば、その気になるかならないか。 もの凄く当たり前で単純なことだが、これ以外に理由がないので、敢えて書く。 ヤりたいと思えばヤる。そう思えなければ、ヤらない。
確かに、もののはずみで、あるいはなし崩しになんてこともあったけど、 例えば、『愛しているから…』とか『この人ならいいと思って…』とか、 感情や理性に基づく動機を持ち得なかった私にとって、本能や直感に従うことだけが動機たりえたのだ。
◇
「うーん、色々考えちゃうと手を出せなかったりね…」 先のM魚の指摘を受けて、言い訳がましく答えてみた。 事実、後先考えてしまうこともあるしね。
けれども、本音としては、そうじゃない。 色々考えてしまう時点で、少なくとも私にとっては、アウトなのだ(笑。 私の「その気」は、そんなにお行儀よろしくない。 釣り上げる気がなかったから、釣らなかった…それだけのことだ。
余談ながら、後日、私はその彼を釣った。 それこそ、もののはずみで。 別に、この時の意趣を晴らしたワケじゃない(笑
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