女房様とお呼びっ!
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2004年09月05日(日) ピノキオ 6

思い返せば、2003年は「ヒトらしさ」を巡って葛藤した一年だった。
私も長々ヒトをやってきたつもりだが、
あんな思いをしたのは初めてで、今更に己の未熟さを思い知った感じだ。

それは今も続いていて、先のイリコの告白を受けたときも、
驚く一方で、あぁ何もわかってなかったんだナと反省することしきりだった。

またしても恥ずかしい告白になるが、
私は日頃「謙虚にありたい」と思ったり、そう言葉にしたりするけれど、
気付けばちっとも謙虚じゃなかったりする。
たかだかの経験を元に、知ってるつもり、わかったつもりでいることの何と多いことか。
それは、ことSMだのDSだのについても然りだ。

けれども、奴と関わりあったことで、様々な困難に出会っては虚心に対峙することを余儀なくされた。
改めて自分の不理解や浅慮を悔やみ、身の程を知ることが出来た。
その意味で、私は本心から、奴と出会えたことをありがたく思っている。

時折、「キミといると謙虚にならざるを得ないねぇ(笑」と言ってみるのは、
実のところ、偽らざる心境なのだ。
イキオイ嫌味っぽくなってしまうのは、致し方ないけれど。



先の記事で「ある日の出来事」と表した事件は、その前年の暮れに起きた。
これが、奴との関わり方を根本的に見直す、重大なきっかけとなった。

既に付き合いも二年ともなると、互いに慣れる以上に、悪い意味での’狎れ’も生じ始め、
自分勝手な性向である奴は次第に我を張るようになり、必然私は憤慨し、度々険悪になった。

その日も、険悪なムードのまま落ち合った。
元々問題があったところへ、前日に交わしたメッセでこじれて、私の気分は最悪だった。

悪いことは重なるもので、私のほうが奴より先に到着してしまう。
時間どおりに来た奴に落ち度はないが、この成行きから、心理的な負担が増したに違いない。
いつになく強張った表情で近寄ってくる。
待ち受ける私は当然仏頂面で、殆ど追い返すように、コーヒー買ってきてと言いつけた。

落ち合ったのはよくあるセルフサービスのカフェだ。
奴には初めての場所だったが、同じような店に伴ったこともあれば、
狭い店内、カウンターは席から一直線に見通せて、奴は迷うことなくそちらへ向かう。
私も特に気を払うことなく、その背を一瞥したきりだった。

ところが、たかだかコーヒーを注文しただけなのに、一向に奴が戻ってこない。
気になって見遣ると、まだカウンターの前にいる。
しかも、その場で小さなカップを飲み干しているところだ。
…まるで、マネキン販売の店先で試飲をしているかのように。

当然のこと、頭の中に不審が灯る。
アイツハ、ナニヲシテルンダ?
…けど、ここはデパ地下でもスーパーでもない。
何度も通ってる店だけど、試飲を勧められたことなんて一度もない。
しかも、奴が手にしているのは、エスプレッソを供す陶製のデミタスカップだ。

アリエナイ…!
そう気付くや、血が逆流するような羞恥に襲われて、思わず目を逸らしてしまった。
もう、これ以上、そのおぞましい光景を見ていられない。
空を睨めつけたまま、居たたまれない気持ちを堪えて、奴を待った。



ようやく席に戻ってきた奴に、事の次第を問い質す。
人中とて、なるべく抑えたつもりだが、その声音は尋常でなく厳しかったはずだ。
その剣幕に、応える奴は怯えきっている。


「注文を間違えてお待たせしてしまいました…申し訳ありません…」


奴はまだ、どうして私が怒っているのかわかってない。
かたや私は、奴に起きたことが見え始めて、肌がそそげ立ってくる。


「それはいい。で、あそこで何を飲んでたの?」
「…その、間違えて注文してしまったエスプレッソです…」


つまり、奴は「コーヒーを買う」使命に囚われて、ミスをなかったことにしたのだ。
それも姑息に隠蔽したというよりは、ほぼ自動的にそうしてしまった感を受ける。

このとき、もはや奴の意識からは、そこに人目のあることも、
必然、私もまた衆目の中にあることもすっかり消え去っていたのだろう。
少なくとも、その行為を見て私がどう思うかなど、考えもしなかったに違いない。
はっきり言って、使命を果たす以外、奴は「何も考えなかった」のだ。

そう理解しつつ、未だ信じられない思いで暗然となり、
徐々に背を這い上がるような空恐ろしさに包まれて、体が冷えていく。
目の前では、次の私の言葉を待つだけの中年男が、木偶のように項垂れている…嗚呼!

ふいに、意識の深部が警告を発したように感じた。
コレハオカシイ!コレデハイケナイ!!

…そうだ、どうにかしなくてはいけないのだ。
にわかに切迫した危機感に襲われて、再び熱が戻ってくる。


「間違えたら間違えたで、そう言えばいいでしょう?」


ようようの思いで、言葉を継いだ。
しかし、この先どうすればいいかは、全くわかっていなかった。



こうして、私たちは、苦難の年を迎えることになったのだ。


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