女房様とお呼びっ!
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2004年09月04日(土) ピノキオ 5

過去形で語れる今でこそ、「奴がロボットだった」ことにして面白がっていられたが、
その一方で、複雑な心境になったのも事実だ。
なぜなら、奴がその妄想に囚われていたと思しき二年半、
恐らくはそのせいで、私は悩み続けた。

「奴がロボットだ」と知っていたら、悩まなかったろうか。
いや、そうであれば、端から関わりあわなかったはずだし、
途中でわかったところで、悩みは深くなっただけに違いない。
私はずっと、奴がヒトであると信じていた。

だからこそ、悩まされたのだ。
その、まさにロボットを相手にしているような居心地の悪さとかやりきれなさとか…。
こちらが話し掛けない限り、いつまでも黙ったままで、殆ど感情を表に出さず、
当然自発的な働きかけがあろうはずもなく、ただそこにある感じ。

確かに、その様子は行儀の良い奴隷そのものだったが、
長く一緒にいると、どうにも気詰まりで仕方ない。
とはいえ、それが奴の元々の性格や、立場上強いられる緊張のせいかなと思えば、
殊更に文句をつけるわけにもいかず、看過するしかなかった。

もちろん、殆ど感情から文句を言ったこともある。
が、結局奴の頑なさに負けて、酷いダメージを喰らってしまった。
それで、いよいよ、引き受けざるをえないことを思い知ったわけだ。



しかし、いくらそう承知しようとも、依然割り切れない思いは残る。

奴とは関わり始めた当初から、日常に頻々と行動を共にしてきた。
ふたりで過ごす機会は言うに及ばず、
パーティーやイベントに伴い、旅行にも行き、親しい友人には一通り引き合わせた。
不幸にもその内のひとりが亡くなったときは、通夜に同席させもした。

しかし、そうした親密な時間を重ねても、奴は一向に打ち解けてくれない。
流石に回をこなせば、第三者に対してはそれなりに対応できるようになったけれど、
私に対しては、相変わらずロボット然としたままで、これがなかなかに辛かった。

一緒にいても、奴に「楽しい」という感情を感じられなければ、私もまた楽しさからは遠くなる。
それどころか、一緒にいるのに、時に孤独感すら感じてしまう。
どれほど情を注いでも、温みのある親和感が生まれない。
…まるで、いつまでも懐かぬ継子を育てているような、やりきれなさに苛まれた。

私に興味がないのだろうか、やはり信頼されてないのかと疑ったことは再々だ。
こんなに手をかけ暇をかけ、心から慈しんでいるのに…と、何度も溜息をついた。
確かに、奴は奴隷的な忠誠でもって応えてくれて、それは私の望むところでもあったけれど、
その一方で、これが赤ん坊やペットなら、
何もしてくれずとも、人懐こい仕草にこそ慰められようにと恨めしく思ったりもした。

それでも、奴と共にありたいと願えばこそ、そうした辛さに甘んじた。



ところが、ある日の出来事を境に、悩みは更に深刻になった。
出来事自体は些細なものだったが、奴が信じられない行動に及んだのだ。

それは、もはや「ヒトらしくない」どころか「ヒトにあるまじき」振る舞いで、
私は心底驚愕し、はっきりと危機感を覚えるにいたった。
すなわち、奴は奴隷であろうとするあまり、ヒトを逸脱してしまったのかと。
つまりは、奴を奴隷として扱う私こそが、奴からヒトらしさを奪ってしまったのかと。

と同時に、その出来事により、私もまたヒトとして尊重されていないことを知る。
ヒトでなくなった奴にとっては、既に私も同様、ヒトではないらしい。
それは、主従といえども互いにヒトを望む私にとって、あり得べからざることだった。

そう気付いて以降、互いのヒトを取り戻すために、躍起になった。
ここに2003年以降掲げた記事は、全て、その目的によるものだ。
しかしながら、その目的は果たされず、やがて終末的な展開を迎えることになる。


「で、いつから、キミは人間になったの?」
「一年前からです。」


それが、奴の言う一年前に起きたことだ。
あの時、私たちは、本当の意味で互いの色々なものを見せ合って、
辛く悲しい思いをしたけれど、結果的に一番望むべきものを手に入れたらしい。

パンドラの箱にたった一つ残された「希望」のように。


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