女房様とお呼びっ!
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私のとってつけたような言い訳に、応えて奴が言う。
「辛かったことは確かですが、 理不尽とか怒りを感じるとか、そういうことではありません…」
「僕としての意義が、見えなくなってしまったのです…」
「お傍において頂けるのだから、それでいいだろうとも思いました。御用も頂いてましたし…」
「しかし意義を見失ったのは、大変な苦痛でした…」
「そのようなことを考える自分にも、失望してしまいました…」
「何をどう考えても、自閉の状態になってしまいました…」
元々遅い奴のレスが更に間遠になり、ポツポツとログが積まれる。 相槌を打つに憚られて、じっとモニターを見つめて待つ。
そのモニターの向こう、奴はどんな思いで表情で、キーを打っているのだろう。 今更の言い訳をする私にうんざりと困り果てて、 あるいは、夢から醒めてすっかり憑き物の落ちた顔をしているのかしら…。 手を止めてしまえば、そんな不幸な想像が一層ありありと浮かんで、胸苦しい。
「意味の通らない文章で申し訳ありません…」
言葉を探しあぐねたか、そう言って、奴のログが止んだ。
◇
「改めて口頭で伺えば、少しでも理解できるでしょうから…」と答えつつ、 その実、そこで途絶えたことに、私は胸を撫で下ろした。 少なくとも決定的な言葉を浴びずに済んだ、そのことだけで安堵する。 それが夢の終わりを先送りにしただけの、単なる執行猶予と知りながら、束の間の平穏に縋ってしまう。
「あまり結論を急がないほうがお互いのためと思いますよ。 というか、急がないでほしいわね…」
「ですから、メールの体裁も戻してちょうだい、心臓に悪いから(笑。」
あまつさえ、主ヅラしてその平穏を約そうとしつつ、遂には、みっともない言葉を吐いた。 その浅ましさを知りながら、主の衣を借りてはそうしてしまう自らを呪う。 まやかしの夢に縋る私は、さながら禁断症状に陥った依存症患者のようだ。 僅かでも楽になりたくて、目先の毒に飛びつく短絡。 我ながら恥ずかしくて、取り繕うようなログを積んでみた。
「忘れないでね、キミは私の奴隷だよ(笑。少なくとも今はまだ…」
最後に、またも今更な言葉を重ねて会話を終えた。 空しくてやりきれなくて、溜息が出た。
◇
そして再び、眠れない夜が来る。 眠れないままに、週末の算段をつける。 夢の始末をつけるために、もう少し踏ん張らなければならない。 たとえそれが自ら望まない結果に向かうものであっても。
主ヅラする義務と責任が、今はせめての杖となる。 杖を支えに、奴の都合を問う短いメールを書いた。
◇
果たして翌日、奴から届いた返信には見慣れた風景が蘇っていた。 縋るように吐いた言葉が叶えられて、嬉しく安堵する。 それが蜃気楼であるにしても、懐かしい風景にしばし癒された。
以下、いつもと変わらぬ物言いで、数日前に体裁を変えた詫びと予定を諾する旨が綴られ、 その最後。
>> ご面倒な用向きとは思いますが、堪えてお付き合い頂ければ幸いです。 > とんでもありません。 > いつ如何なる時も、**様の御用を面倒と思ったことはありません。
その言葉に、何事もなく夢が続いているような錯覚を覚えてしまう。 それが錯覚と知るだに、嬉しくもまた辛さが増した。
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