女房様とお呼びっ!
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2003年10月18日(土) はだかの王様

私が見ている’主従’という夢は、相手あってこそのものだ。
片方が夢から醒めれば、必然として片方の夢も潰える。
しかも、夢なんてのは、無理やり見られるものじゃない。
ゆえに、醒めゆく者を引き留めることは出来ない。もう片方においても然り。

思えば残酷な話だが、それを承知で夢を見ている。
せめて、醒めなければいいなと思うが、それもまた夢だ。



’主従’という関係に憧れる人が言う。
「奴隷なのに、自分から奴隷辞められるんですか?!」

確かに、’主従’の夢の中ではあり得ないことかもしれない。
けれども、夢が夢である限り、現実の壁は厳然と立ちはだかる。
奴隷が夢に背を向けたとき、すなわち彼はタダノヒトとなり、逃げるなと命じたところで届きはしない。

だから今回、イリコの背中を見てしまえば、私はもう手をこまぬくしかないと思った。
去りゆく背に向かって、怒っても懇願しても意味がない。
ただ空しく、更に辛い思いをするだけだ。それは、自分にとっても、奴にとっても。

それでも、このとき私は、最後まで主ヅラしていようと考えた。いや、そうするしかなかった。
裸の王様にも、一分の理がある。



私にとって、奴はどこまでも奴隷なのだ。
その背が、夢の向こうに見えなくなるまで。
いや…夢果てるとも、私は奴の幻を胸に抱くだろう。

過去にも、幾名かの奴隷が私の下を去った。
それぞれの理由はあったろうが、その真相は知れない。事実、私が見限られただけとも思う。
それでも、未だ私は彼らのことを、愛おしむべき奴隷と思っている。
我ながら、能天気過ぎるなと嘲笑っちゃうくらいだが、どうしようもない。

いわんや、奴の実体は未だ目に届く所にあり、
まして言葉も交わし、対面も期せば、主ヅラを手放せようはずもない。
もちろん、無理を通して、表面的な対等さを保つことは出来るだろう。
しかし、この段階で、その無理を通すのを感情が阻んだ。
これもやはり、どうしようもないことだった。

この割り切りの悪い性質を私は充分自覚していて、だからこそ、日頃は取り繕っている。
奴にしてみれば、もっとあっさり手放してくれると思っていたかもしれない。
しかし、その性質はさておいても、相応の執着がなければ主ヅラなんて出来ない。
奴隷側にしても同じだろう。
私の場合、そこへ生来の執念深さが加わって、奴が思うよりずっと、強い執着を抱いている。



主ヅラしたまま、メッセンジャーでの会話が始まる。
奴もまた以前と変わらず応じてくれて、夢の続きを見ているような気がした。

けれども、奴のログが積まれるごと、夢の終焉を感じずにはいられなかった。
夢の跡を振り返るような奴の物言いが、恨めしくも辛い。
自ら裸の王様と覚悟していても、つきつけられる真実が痛く、悲しかった。
悲しさがあまって、堪えきれずにこう訊いた。


「私はキミを本当に悲しませたことがあるかな?」
「正直に申し上げますが、このひと月は、相当に悲しかったです。」


奴の言う悲しさは、私のこの悲しみに相応なのだろうかと、嘆かわしく思った。
けれど、各々の悲しみの質を引き比べるべくもない。
その事実をこそ認めるべきなんだろう。

しかし、纏っているつもりの主の衣が、奴の悲しみさえも我の意思なりと言い訳する。
そうするに至った経緯を明かしてしまう。
今更な言葉が空しく宙に浮き、自分が情けなくなってくる。
ふと奴の溜息までも聞こえたような気がして、付け足すようにログを積んだ。


「キミにとっては、理不尽な仕打ち以外の何物でもなかったかもしれませんが…」




結局最後まで、私が奴の悲しみをあがなうことはなかった。
主ヅラを盾にして、寧ろそうすべきでないと思っていた。
が、つまるところ、そうしたくなかっただけなんだろうと今は思う。


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