女房様とお呼びっ!
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2003年10月15日(水) 暇乞い

きっかり三時間待って、奴のメールが着信した。

相変わらず、「XXです」で始まるそれに、私は少なからず落胆した。
件名は「お返事です」。
本文を読むまでもなく、その一文こそが、奴の返答なのだろう。
何か思うところはあるかと質しながらも、その実、私は甘い期待を抱いていた。
そう訊けば、型通りでも元に戻してくれるかと思ったのだ。

しかし、振り返ってみれば、甘過ぎる自分に呆れもする。
奴が、これまで固持してきた流儀を手放すほどに追い込まれた状態で、
それでも、いつも通りメールを寄越すことを疑いもしなかった。
もちろん、その可能性に怯えもしたが、リアルに考えられなかった。いや、考えたくなかった。
過ぎた今となっても、改めて想像するだにおぞましい。

そんな心境から、当時はさほど切実に思わなかったけれど、
いつも通りにメールを寄越してくれたことにこそ、私は心底救われたのだ。
もっとも奴には、その美徳である律儀に沿ってそうしただけなのかもしれない。
奴の性質を鑑みるに、黙して去るほうがよほど楽だったろうとは思う。
今更心情を質されてもと、困惑したことだろう。

それを圧して、奴は心情の一端を書いて寄越した。
どこも破綻してない、奴らしい、きちんとしたメールだった。
けれども、どうにか取り繕おうとしている、そんな痛々しい印象を受けた。
満身創痍のあちこちから血が噴出してるのに、なお正座を崩そうとしない、悲壮な姿が目に浮かんだ。
そこまで傷つけたのは確かに私だけれど、なぜそこまで意地を張るのかと、哀れにも歯痒くも思った。
そして、なにより、悲しかった。




> XXです。
> メールをいただき、ありがとうございました。

(中略)

> ご心配をおかけしまして、申し訳ありません。

> 今の私たちの状態は、コミュニケーションが断たれている状態と感じています。
> **様からメールをいただくことも稀なこととなりましたし、お迎えに伺っても会話はほとんどありません。
> もとより、それを招いたのは私の責任ですので、自らの至らなさ、甘さは重々承知しております。
> しかしそれでも、辛くてたまりません。一日中そのことが頭を離れません。

> **様のなされることに、いらぬ感情を抱くのも、不遜というものでしょう。
> それは車中のお食事の一件でもご指摘頂きましたし、私もそう考えるべきだとは思っています。

> でも、私のところにおいでになった**様が浮かぬ表情をなされると、もうどうしようもなく苦しいです。
> 自分はここに居ていいのだろうかと、疑心暗鬼に捕われます。
> 私の存在が**様を不快にさせているのかと、感じずにはいられないのです。

> しかしそれが、とんでもなく傲慢な考えであるということも、判っているのです。
> 私が申し上げていることは、見方を変えれば**様に、常に笑顔で居てほしいということなのですから。
> そんなことは、人に求めてはいけないことです。
> 結局私は、**様に期待する主像を押し付けていたのです。

> 正直申し上げまして、自分がマゾヒストであるかどうか、判らなくなっています。
> 苦しくてもそれに耐えられるのがその定義であるのなら、今の私は明らかにそうではありません。
> 徐々に情動がすり減っていって、後に残るのは苦しみ、哀しみ、寂しさばかりです。

> 相手の全てを受け入れるということは、難しいことなのだなあと今更ながらに感じています。
> 僕という立場を与えてくださっているのですから、それに縋って安寧が得られるのが普通なのでしょう。
> なのに苦しみもがく私は、従順にはなれなかったのだなあと申し訳なく思っています。

> 先日お送りしている道中、涙がこみ上げてきました。
> 運転中でしたのでこらえていましたが、そこで何かが壊れました。
> ご指摘の変化は、その時差し上げたメールからでした。
> お付き合いを重ねたにも関わらず、心の弱さが直りませんでした。

> お気にかけて頂いたことを、感謝しています。
> ありがとうございました。そして、ごめんなさい。




一読して、時計を見て、直後電話をかけた。
まだ寝てないだろうと、自分に言い訳をする。

かけるに迷いはなかったが、やはり緊張して、動悸が激しい。
出てくれないかもしれないと思えば、恐ろしく不安にもなった。
しかし、これで応答がなければ、それが奴の意思なんだろう。
賽を投げた心持で、呼び出し音を聞く。


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